第131話
一時間後、『僕』は実家のリビングでダウンしていた。
「きゅう~」
風呂場での出来事はよく憶えていない。キュートと一緒に入っていて、どうやらのぼせたらしい。そこで美玖が里緒奈たちを呼び、現行犯の逮捕に至る。
「まったく油断も隙もありませんね。まさか実家のほうで、キュートとだなんて」
「ナナルも危うく騙されるところだったわ。Pくんったら」
「こっそりキュートだけ呼び出して? Pクン、それはないんじゃない?」
恋姫も、菜々留も、里緒奈も、仁王のような気迫で『僕』を取り囲んだ。『僕』は委縮するとともに変身し、ぬいぐるみの姿で頭を垂れる。
「ええと、その……」
いつの間にかキュートは消え、代わりに美玖が尋問を見守っていた。
「実家に女の子を連れ込むなんて、兄さんも大胆な真似するのね。ママが聞いたら、八つ裂きにされるわよ? ほんと」
「じじっ、冗談にならないってば、それ!」
母親の脅威はさておき、美玖の忠告は面白くない。
そもそも今夜はキュート(美玖)に嵌められたのだから。
魔法を封じることで、人畜無害なぬいぐるみへの変身を許さず、『僕』を追い込んだのは誰か――妹だ。その妹に詰られるのは、さすがに理不尽に思える。
しかし『僕』が何を言ったところで、メンバーは信じてくれないだろう。
『キュートに魔法を封じられて、裸でいるしかなかったんだ』
『そんな嘘が通用すると思ってんの?』
反面、スケベ扱いには慣れている。
「猛省してくださいね? P君」
「リオナたちはともかく、キュートとは出会ってまだ一週間なんだから。ね?」
「……ハイ」
あえて汚名に甘んじつつ、『僕』は口を噤むことにした。
「ところでキュートは?」
「ナナルたちが来た時には、もういなかったわ」
だが、いつまでも妹に翻弄される『僕』ではない。
(そっちがその気なら、こっちだって……)
『僕』はぬいぐるみの姿で立ちあがり、週末の予定を確認する。
「みんな、日曜は一日仕事になっちゃうけど、よろしく頼むよ。上手く行けば、秋以降にもっと大きな仕事も入ってくるからさ」
SHINYのアイドルとして里緒奈が胸を張った。
「もっちろん! でもPクン、日曜は何のイベントなわけ?」
「ナナルも聞きたいわ。Pくん、いつもギリギリまで教えてくれないんだもの」
興味津々に菜々留も食いついてくる。
「ごめんね。みんなを信用してないわけじゃないんだけど……」
もちろん『情報の漏洩は避けたい』という意図はあった。企画の内訳などが外部に漏出しようものなら、プロデューサーのみならず、アイドルの信用も失墜する。
しかし勘の鋭い恋姫は痛いところを突いてきた。
「破廉恥な企画だから、直前まで秘密にして、レンキたちに反対も抵抗もさせないつもり……ですよね? P君」
「ソ、ソンナコトナイヨー? ヤダナァ」
図星すぎて、シラを切ろうにも片言になる。
咳払いを挟んで、『僕』はSHINYのメンバーに週末の企画を打ち明けた。
「前にアニメの曲、練習したの憶えてるでしょ?」
「うん。えっと……確か『星の少女ユニゾンナントカ』、だっけ」
美玖がはっと顔色を変える。
「『星装少女ユニゾンヴァルキリー』がどうしたのっ?」
「その『ユニゾンヴァルキリー』のイベントなんだよ。で、みんなにヴァルキリーのコスプレをして欲しいんだ」
美玖への手応えを感じつつ、『僕』は異次元ボックスから資料を取り出した。
コスプレするキャラクターは四人。配役は『僕』のほうで決めてある。
頑張り屋のユニゾンカラット:里緒奈
友達思いのユニゾンジュエル:キュート
お調子者のユニゾンチャーム:菜々留
自信家のユニゾンブライト:恋姫
アニメ一期のムック本を見るや、恋姫の怒号が弾けた。
「またスクール水着じゃないですかっ!」
里緒奈と菜々留も脇から同じページを覗き込んで、眉をひそめる。
「ねえ、これ……白色じゃない?」
「ケイウォルス学園のスクール水着と同じね。これはハードルが高いわ……」
星装少女とやらのバトルユニフォームは、純白のスクール水着をベースとしていた。そのコスプレなのだから当然、里緒奈たちにも白色の水着を着てもらうことになる。
「だ、大丈夫! スクール水着だから肌の露出は控えめでしょ?」
「色が非常識だって言ってるんです!」
恋姫のアッパーがぬいぐるみの『僕』をかちあげた。
天井でバウンドし、落下したところを里緒奈にキャッチされる。
「相変わらずねー、Pクンは。まあ大人気のアニメだし、リオナは構わないけど」
「あ、ありがとう。二期のオープニングはSHINYでって話も動いてるから、菜々留ちゃんと恋姫ちゃんも頑張ってくれるかな?」
「ナナルも了――」
「えええっ?」
菜々留の返事を遮ったのは、またも美玖の一声だった。
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