第132話
恋姫が納得気味に口を挟む。
「ああ……そういえば、美玖の好きなアニメだったかしら」
「ち、ちょっと? 兄さんの前で言わないでったら」
今日の昼間も漫画やグッズを買っていたアニメだけに、美玖(キュート)としては気が気でないらしい。さっきからソワソワと、心ここにあらずといった調子だ。
美玖の中で今、キュートは快哉を叫んでいるはず。
しかし里緒奈と菜々留はムック本を捲りながら、首を傾げた。
「でも菜々留ぅ、キュートがユニゾンジュエルって……無理じゃない?」
「そうねえ。これはちょっと……」
「ど、どうして?」
まさかのリストラに美玖が青ざめる。
「だって……キュートは仮面つけてるでしょ」
里緒奈の言う通りだった。
眼鏡なら一時的に外すことも可能だが、キュートのアイアスクはそうは行かない。
当然、忠実にユニゾンジュエルを再現すれば、素顔を晒すことになる。
「だから今回はキュートを外そうかとも思ったんだけど……先方はやっぱり、メインキャラは全員揃えたいみたいでさ」
里緒奈や恋姫も事の深刻さを理解しつつあった。
「そうよねー。せっかく四人いるのに、ひとりだけコスプレがなかったら、アニメのファンはガッカリするかも」
「その……二期の主題歌、ですか? それをSHINYで、というお話って、まだ確定してるわけじゃないんですよね?」
「うん。それも明日のイベントで、アニメとの親和性を確かめてからってことなんだ」
プロデューサーの『僕』は大袈裟に相槌を打つ。
とはいえ実際のところ、この企画は里緒奈・恋姫・菜々留の三人で受けた話だった。キュートの乱入によって四人になったのであって、当初の予定とは差異が生じている。
また先方もキュートのキャラクター性に理解を示したうえで、『衣装は用意するが人数は問わない』と妥協してくれていた。
つまりユニゾンジュエル(キュート)が不在でも、次の仕事にさしたる影響はない。
(頼むよ、里緒奈ちゃん)
(そーいうことね? オッケー)
『僕』の意図を察してくれたらしい里緒奈が、残念そうにぼやいた。
「あーあ。これじゃ、二期の主題歌は歌えないかもねー。誰かさんが身体を張りでもしない限り……ちらっ」
菜々留と恋姫も呼応して、息ぴったりに畳みかける。
「あ、わかったわ。要するにキュートちゃんの代わりがいればいいわけね? ちらっ」
「キュートの代打ができて、ファンの人気も高い女の子……ですか。ちらっ」
視線を向けられるたび、美玖はたじろいだ。
「ま、待って? まさか……」
『僕』は里緒奈の頭に乗っかり、妹の目線のさらに上で踏ん反り返る。
「そのまさかだよ。ユニゾンジュエルのコスプレ、してくれるよね? 美玖!」
「一緒にやろっ! 代打が美玖なら、ファンも納得ぅ!」
青ざめていた美玖の顔が、みるみる赤く染まった。
「すすっす、スクール水着よ? 白色なのよ? こ、これを着ろって?」
困惑する美玖を、さらに菜々留と恋姫が攻める。
「あら、ナナルたちは着るのに……そんなこと言っちゃいけないわ、美玖ちゃん」
「観念して、美玖も出なさいったら。SHINYのために」
「SHINYのためって言われても……」
これほどうろたえる美玖を見るのは、初めてだった。
おそらく『美玖』はコスプレ企画に強い抵抗を感じている。一方で『キュート』のほうは大好きなアニメの企画に舞いあがっているのだろう。
ここで美玖が断れば、キュートは千載一遇のチャンスを逃すわけで。
悔しそうに美玖は歯噛みして、この企画を受け入れた。
「く……い、いいわ。コスプレでも何でも、や、やってあげようじゃないの」
せめてもの抵抗か、ぬいぐるみの『僕』をきっと睨む。
「それでいいんでしょ? 兄さん。あと、キュートへのフォローも忘れないで。あの子は本当に『ユニゾンヴァルキリー』が大好きなんだから」
「そこは任せてよ。ちゃんと説得する」
SHINYのメンバーはキュートについて囁きあっていた。
「今後もキュートだけ参加できない企画が、出てくるかもしれないわね」
「レッスンの時だって、いたりいなかったりするもんねー」
「じゃあ、また美玖ちゃんに代打に立ってもらうことも、考えておいたほうが……」
これも『僕』の作戦だったりする。
キュートの代打に美玖、という図式ができあがれば、妹はどちらの顔でも練習やイベントに参加することができるはず。
「頼りにしてるぞ、美玖。明日は一緒に頑張ろう!」
「まったくもう……」
かくして明日のコスプレイベントは、マネージャーの美玖も参加することに。
「そんなに楽しみなの? Pくん。ナナルたちのコスプレが」
「もちろんだよ。僕も魔法使いとして、変身ヒロインものは押さえてるし。僕の推しキャラはユニゾンチャームかなあ」
「……で? 本当の目的はやっぱり白のスクール水着なんですか?」
「あのー、恋姫さん? どうして僕を捕まえるの?」
週末はSHINYの、そして妹の大一番となりそうだった。
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