第129話
里緒奈の瞳が刃物のように細くなる。
「そーよねえ……Pクンってば、今日もキュートとデートしてたんだから、女の子とお食事なんて慣れたものよねー」
ヤブヘビだった。
「あ、あの……里緒奈さん? 僕は別に……」
恋姫や菜々留もわざとらしい抑揚をつけ、『僕』を責め立てる。
「オムライスにハートマークまで……ほんとモテモテですよね? P君は」
「美味しかったんでしょう? オ、ム、ラ、イ、ス」
対する『僕』は真顔で返した。
「みんな、どうして僕がキュートとオムライス食べたの、知ってるの?」
「「「エッ?」」」
里緒奈も恋姫も菜々留も一様に手を止め、顔を強張らせる。
「やっぱり、あの時お店で騒いでたのって……」
「お、お風呂! レンキ、お風呂を沸かしてきますのでっ」
「あっ、ずるい! ひとりだけ逃げないでってば!」
おかげで『僕』は追撃を逃れることができた。
早々と夕食を平らげ、席を立つ。
(やれやれ……みんな、僕が女の子に近づくたびに怒るからなあ)
先々月まではこうではなかった。里緒奈たちは『僕』をぬいぐるみの妖精と思い込んでいたようで、『僕』が女子更衣室から出てこようと、スルーひとつで済ませている。
しかし『僕』が人間の男子とわかったことで、干渉も多くなってきた。
(まあ男子が女子高生に混じってちゃ、目くじらを立てたくもなるか……)
とはいえ『僕』の無頓着さにも原因はある。
ゲートで実家のほうへ転移すると、視界が暗くなった。
妹の美玖はひとり暮らしも同然のため、余計な照明は切っているのだろう。
そんな中、わずかにブレーカーの稼働音が聞こえた。廊下の照明を点けてから、挨拶のつもりで『僕』は妹の私室を訪れる。
「美玖、ただいまー」
しかし扉越しに声を掛けても、ノックをしても、一向に応答がなかった。
(お風呂にでも入ってるのかな?)
浴室のほうに意識を向け、『僕』は踵を返そうとする。
けれども、少し興味に駆られてしまった。
この扉の向こうが美玖の――キュートの部屋なら、例の『趣味』を確認できるかもしれない。そうすれば、美玖とキュートの関係もはっきりと分かるはず。
仮に美玖の部屋が優等生のものなら、ふたりは別の人間で。
アニメファンのものなら、同一人物ということだ。
(ちょっとだけ……)
悪いと思いつつ、『僕』は少しだけ扉を開け、中をこっそり覗き込む。
真っ暗な部屋に三角形の光が差し込んだ。その周囲で色々なものが浮かびあがる。
「……」
『僕』は目を見張るとともに絶句した。
棚に並んでいるのが『星装少女ユニゾンヴァルキリー』のフィギュアだったからだ。壁には美少女アニメのポスターも貼ってある。
(やっぱりキュートは美玖なんだ……)
安心するべきなのか、戸惑うべきなのか。『僕』自身、整理がつかない。
それから自分の部屋へ戻り、魔法のアイテムの整理がてら、待つこと十分。一階の浴室で扉が開き、誰かが階段を上がってくる音がした。
『僕』は廊下に出て、妹を迎える。
「帰ってるよー、美玖。今夜はちょっと片付けたいものがあって……」
「……え?」
そして『僕』たち兄妹は――はたと動きを止め、絶句した。
何しろ美玖は今、ブラジャーとショーツだけの恰好にバスタオルを掛けているだけ。噂のGカップが無防備に揺れ、『僕』の目を釘付けにする。
おかげで『僕』は混乱。
「え、ええっと……今夜はパンツ……じゃない、その、月が綺麗ですね……?」
とにかく妹を褒めようとして、夏目漱石ばりに『I Love you』を意訳してしまった。
「きゃあああ―――っ!」
強烈なビンタが『僕』を半回転させる。
「バカ! スケベ! ヘンタイ!」
と散々に罵られたのは、今より三十分ほど前のこと。
「僕のせいかなあ……」
ぶたれた頬をさすりながら、『僕』は実家のお風呂で寛いでいた。
先ほどのアクシデントにおいて『僕』に非はない。妹に帰宅を報告しようと、部屋を出ただけだ。むしろ下着姿でうろうろしていた、妹の美玖のほうに問題がある。
しかし女の子の艶めかしい姿を見て、眼福を得たのも事実。
(眼福といっても、妹なんだけどなあ……)
美玖は『僕』に平手打ちを決めると、すたすたと自分の部屋へ戻ってしまった。わざわざドアプレートを『取り込み中』に裏返したうえで。
「はあ……今夜は諦めるか」
人間の姿で妹の美玖とコンタクトを取り、探りを入れてみるつもりだったが、どうにも風向きが悪い。今日のところは見送ることにして、お湯に肩まで浸かる。
「う~ん」
しかし人間の身体では、今ひとつお風呂の満足感に浸れなかった。
単純に四肢を伸ばせないからだ。それに加え、キュートの感触や美玖の艶姿を思い出しては、イケナイコトに悶々とする。
(い、妹なんだぞ? 美玖もキュートも……ん?)
そこで、はたと気付いた。
先ほど美玖が着けていた下着は、今日キュートが買ったものと同じだということに。
偶然の一致――とするより、やはりキュートと美玖が同一人物と考えるべきだろう。妹が部屋に閉じこもっているのは、それを『僕』に追及させないためか。
そのせいで余計に煩悶とする。
(僕が選んだブラを、美玖が……いやいやいや! これ以上はもう考えるな?)
大きく深呼吸して、『僕』は己の感覚にぬいぐるみのイメージを重ねた。
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