第126話

 当然、『僕』と一緒の時に買った下着を、妹の美玖(キュートではないほうの)が『僕』に見せるはずもなかった。つまり――。

(頭がこんがらがってきたぞ……ええと、美玖は今、何してるんだっけ?)

 この場で妹に電話を掛ければ、キュートの正体を確かめられる確信はある。

 妹の美玖なのか、そうではないのか。

「お兄ちゃん! 早く、早くっ」

「そんなに急がなくっても、次のエレベーターでいいって」 

 けれども、せっかくのデートを台無しにしたくはない。キュートと美玖が同一人物であろうとなかろうと、この時間が終わってしまうのは惜しかった。

 そんな葛藤も、ピンク色満載のランジェリーショップへ到着するまでのこと。

(……しまった!)

 『僕』は我に返り、慄然とする。

 考え事に夢中で、認識阻害を書き換えるのを忘れていたのだ。ブラジャーやショーツだらけの中、『僕』は男性として、訝しげな視線を向けられる。

 こうなってはキュートに頼るしかなかった。

「どんなのにしよっかなあ~。お兄ちゃん、きゅーとにはどれが似合うと思う?」

「ん……んんっ? そうだね。明るい色のがいいんじゃ、な、ないか?」

 けれども妹は『僕』の都合など意に介さず、水着の感覚で意見を促してくる。

 女性店員たちも明らかに戸惑っていた。しかしキュートの連れだけに、きっぱりと対応できずにいる。

「い、いらっしゃいませ……あの、彼氏さん……ですか?」

 この場においては、まだ『自分好みの下着を彼女に着せたがる彼氏』のほうがましか。少なくとも『自分好みの下着を妹に着せたがる兄貴』よりは。

「はっ、はい。彼氏で」

「お兄ちゃん? 早く早くっ!」

「彼氏です!」

 もう自棄だった。


「ちょっと、ちょっと! 聞いた? Pクンが今、キュートの彼氏って!」

「レ、レンキにあんなことまでしておいてぇ……!」

「お仕置きの方法を三通り考えたわ。どれにしようかしらね」


 生き残るつもりが、かえって死期が近くなった気がする。

(さっきから何だ? 殺気が……)

 悪い予感を脇にのけ、『僕』はキュートと一緒に下着を吟味。

 言うまでもなく辛かった。何しろ売り場はアダルティックな下着だらけ。

(ひ~っ! これって何の罰ゲーム?)

それを兄の『僕』に選ばせようとする、妹の真意がわからない。

「やっぱりきゅーと、ピンクかなあ」

「ブラのほうは試着できますよー。どうぞ、どうぞ」

 更衣室からは今も誰かの衣擦れの音が聞こえてきて、不埒な妄想を駆り立てる。

(キュートに上手いこと言って、ちょっと出たほうが……)

 そう思った矢先、更衣室のカーテンが開いた。

「こんな感じ~。どお? シホ」

「似合ってる、似合ってる」

 聞き覚えのある声がして、先にキュートが振り返る。

「……あれ?」

「ん?」

 水泳部の一年生トリオ(ミキ、シホ、マコ)だった。三人は不思議そうにキュートと、ついでに『僕』を見詰め、あっと声をあげる。

「も、もしかしてSHINYのキュートぉ? なんで、なんで?」

「そっちは美玖ちゃんのお兄さんじゃん! 偶然~!」

 二重の意味で『僕』はぎくりとした。

「え? ええっ?」

 突然のことに、妹のキュートも驚いている。

「わ、わかるの? どうして?」

「そりゃあ強烈なキャラクターだしぃ? でもまさか、美玖ちゃんのお兄さんと一緒なんてさあ。あっ、ひょっとしてデート?」

「こんなところで~? お兄さん、やっらし~」

 どうやら水泳部の部員は普段から認識阻害の影響にあるため、今日の魔法では上書きしきれなかったらしい。

 また『僕』は人間の姿でも、水泳部のトリオと面識があった。

(そっか……あの時、見つかっちゃったんだっけ)

 表向きは平静を装いつつ、『僕』は三人組と挨拶を交わす。

「久しぶりだね。君たちもお買い物?」

「は~い! お兄さんってば、またまたぁ……美玖ちゃんは知ってるの?」

 ミキたちにキュートの正体に勘付いている様子はなかった。ただ興味津々に、『僕』とキュートの関係を根掘り葉掘りと聞きたがる。

「えっと、このことは……」

「わかってるってー。お兄さんのためにも黙っててあげる」

「キュートちゃんの芸能活動に関わるもんねっ」

「お兄さんの名誉にも関わるもんね」

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