第125話
「そうでもないよ? 友達に聞いただけ」
オムライスを待ちながら、キュートが買ったばかりの漫画を取り出す。
「じゃ~ん! お兄ちゃんも読もうよ、これ。面白いんだから」
「キュートが薦めてくれるんなら、まあ……」
最初のほうこそ『僕』も理解したうえで聞いていた。
しかしゲーム版やら声優やらの話題になると、ついていけなくなる。
「でね? ナナノナナが主題歌でぇー」
「ふ、ふぅーん? 色んなアニメに出てるんだね」
それでも楽しそうな妹の手前、『わからない』とは言えなかった。頭をフル回転させて、ベストと思われる選択肢を選んでいく。
「お兄ちゃんはゲームって、どんなのやるの?」
ここで選択肢が出現した。
A.ごめん、ゲームはしないんだ
B.アクションとかレースゲームだよ
C.恥ずかしいけど、恋愛アドベンチャーかなあ
まずAはないだろう。せっかく機嫌のよいキュートの話題に、一切興味がないと突っぱねることになりかねない。
Cも踏み込みが過ぎる感があった。美少女ゲームのキャラクターなら逆に好印象を与えられるかもしれないが、現実の女の子は引く。絶対に引く。
ならば、無難なところでBか。
「アクションとかレースゲームだよ」
「なんてゲーム?」
「……えっと」
そんな思考をしている時点で、『僕』も大概かもしれなかった。
(美少女ゲームなんて少ししかプレイしたことないのに……あれをスキンシップの基準にしちゃうって、本当なんだ?)
数少ない知識を総動員して、辛くもやり過ごす。
「ス、スーパーオリバー、とか?」
「そーなの? やっぱりライトユーザーなんだね、お兄ちゃん……」
どうやら失敗したらしく、妹の好感度がダウン。
「お待たせしましたー」
そのタイミングでオムライスが来たおかげで助かった。キュートはころっと機嫌をよくして、ケチャップのボトルを手に取る。
「お兄ちゃんのオムライスは、きゅーとが描いてあげるねっ」
「任せるよ」
『僕』のオムライスに大きなハートマークが描かれる。
「はいっ! お兄ちゃんもきゅーとの、描いてぇー」
「じゃあ、同じのでいいかな?」
見様見真似で『僕』も妹のオムライスに赤いハートマークを浮かべた。
くすぐったいような甘い雰囲気が立ち込める。
「えへへっ。なんだか恋人同士みたいだね」
「う、うん……っと。冷めないうちに食べようか」
照れ笑いを交わしつつ、『僕』はキュートのハートを味わった。
(ど、どうしよう……ほんとに可愛く思えてきちゃったぞ?)
今までは『妹』という意識が知らず知らずのうちにブレーキを掛けていたのだろう。
しかしキュートは妹の美玖ではないかもしれない。妹に似ているだけ――と、そう己に言い聞かせる自分もいる。
(いやいや! 何を考えてるんだ? 僕は……キュートはSHINYのアイドルで、僕はプロデューサーなんだぞっ?)
ふと『僕』はキュートの頬に赤いケチャップを見つけた。
「ついてるぞー」
「ふえ?」
妹がきょとんとしているうちに、スプーン用のペーパーでそれを拭き取ってやる。
「あ、ケチャップ? ありがとぉ、お兄ちゃん」
「どういたしま――」
「ああっ?」
不意にそんな声が聞こえた。
『僕』もキュートも周囲を見渡し、首を傾げる。
「……なんだろ? 今の」
「わかんない。ほかのお客さんがお水でも零した、とか?」
デートの最中に気にするほどのことではないだろう。
しかし『僕』は何度となく妙なものを見た。
「……ん?」
キュートのすぐ後ろで、隣の客の頭が出たり引っ込んだりする。
「どうしたの? お兄ちゃん」
「いや、なんでも」
とはいえ、わざわざ赤の他人を刺激するつもりはなかった。『僕』は妹と一緒にハートマークのオムライスを食べながら、次の行き先を相談する。
「このあとはどうする? キュート」
「下着っ! きゅーとね、新しいの欲しいの」
「……へ? 僕と一緒に?」
また誰かの頭が出てきて、引っ込んだ。
「しし、下着? P君とふたりで、下着を買いに行くつもりなの?」
「大胆ねえ。ナナルもそうすればよかったかしら」
「こうなったら先まわりよ!」
オムライスを平らげ、席を立つ。
すかさずキュートが『僕』の左腕に絡みついた。
「えへへ、今日はデートだもん。お家に帰るまで離してあげないんだから」
「そ、そう? ちょっと歩きにくいんだけどなあ……」
歩きにくいことくらい、気にもならない。
それよりも妹の胸(巨乳)が当たって、当たって。なるべく感覚しないようにと、『僕』は力みすぎて、不自然な爪先立ちになったりする。
(そりゃこんなに育つの早かったら、ブラジャーもすぐ次のが要るか……)
これだけ揺れても認識阻害のおかげで、誰の目にも留まらなかった。
『僕』だけがそれを見つけ、眺めていられる。
(あれ? 待てよ……僕はキュートの胸に、まだ認識阻害は掛けてないぞ?)
そこでふと気付いた。おそらく妹は『自前の魔法』で巨乳の存在感を消している。
やはりキュートは妹の美玖――なのか。
下着にしても、前回は美玖だけ買っていなかった。
『胸がその……恥ずかしいから、ミクはひとりで買うわ』
今日ここでキュート(妹)が下着を買っても、二重の買い物にはならない。そもそも男性の『僕』にはピンと来ないが、日用品なのだから数も必要だろう。
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