第124話

「キュートはなんていうアニメが好きなんだ?」

 何気なしに問いかけると、キュートが平積みのCDを指差す。

「これこれ! きゅーと、『星装少女ユニゾンヴァルキリー』が大好きなの」

 売り場のポップには『売り上げ1位』とあった。

 魔法少女や変身ヒロインのジャンルなら、『僕』もある程度は押さえている。マギシュヴェルトの魔法使いとしてのみならず、SHINYのプロデューサーとしても。

(コスプレのお仕事も入ってるしなあ)

 キュートはケータイを取り出し、本日の買い物リストをチェック。

「CDとぉ、漫画が二冊……全部ここで買っちゃおうっと」

「予約してないみたいだけど、大丈夫?」

「発売したの今週だもん」

「へえー」

 適当に相槌を打ちながら、『僕』はキュートと一緒に店内をぐるりとまわった。

 大人気の『星装少女ユニゾンヴァルキリー』は劇場版に続いて二期の製作も決まり、大いに盛りあがっている。SHINYもコスプレで宣伝の一角を担う予定だ。

 ただし、ひとつ問題があった。あの水着同然のボディスーツを、里緒奈たちに着てもらわなくてはならない。

(また怒られそうだなあ、恋姫ちゃんあたりに……)

 そのためにも、『僕』はキュートの意見を聞いてみる。

「キュートはさ、アニメのコスプレってどう? 興味ある?」

 妹は仮面越しに笑みを咲かせた。

「あるあるっ! なあに? お兄ちゃん、きゅーとにコスプレして欲しいの?」

 思った以上に大喜びされてしまい、『僕』はあとずさる。

「あ、いや……近々、お仕事でね? そういう話が来てるんだ」

「ほんとっ? 何のコスプレかなあ……きゅーと、すっごい楽しみ!」

 ここで目の前の変身ヒロインものと教えては、ますます声が大きくなりそうだ。『僕』は手頃なグッズに目をつけ、話題を変える。

「っと……こっちのはストラップか。キュートはこういうの、付けないの?」

「付けてるよぉ。ほら」

 キュートのケータイにはデフォルメの女の子がぶらさがっていた。しかし長く使い続けているせいか、色が剥げ掛かっている。

「なんならデートの記念に、僕がプレゼントしようか?」

「えっ! いいのぉ? 欲しい、欲しい!」

 『僕』の提案に妹は声を弾ませた。

「じゃあ、好きなの選んで」

「やったあ! えっとねぇ……どれにしよーかなあ」

 瞳を爛々と輝かせて、ストラップやらキーホルダーやらを物色する。

 そんな愛くるしい妹を横目に見守りながら、『僕』はある答えに行き着いた。

(もしかして……キュートと美玖って、別人なんじゃ?)

 妹の美玖とキュートは同一人物――その前提にむしろ疑問を抱く。

(『僕』の妹がこんなに可愛いわけがないし……)

 キュートと出会ってから、まだ一週間と経っていなかった。本当はすべて『僕』の勘違いで、明日にもキュートと美玖が同時に現れるかもしれない。

 だが、そうなっては寂しい気もする。

 『僕』に懐いているのは、妹ではない別の誰かであって。妹の美玖とは相変わらず淡白な兄妹関係が続いていることになるのだから。

(僕は美玖と……どうなりたいんだろ?)

 黙々と自問自答する間にも、キュートがストラップを決めた。

「お兄ちゃん、これ! きゅーと、これが欲しいな」

「オッケー。じゃあ、それは僕が買ってくるよ」

 『僕』はそのストラップを購入。キュートも自分の買い物を済ませて、店を出る。

「はい。プレゼント」

「えへへっ。ありがとう、お兄ちゃん」

 キュートはそれを両手で包むように受け取り、鞄へ仕舞った。

「付けないの?」

「お家に帰ってから。大事にするね」

 それから腕を組みなおし、デートの続きへ。

「ちょっと遅くなっちゃったけど、お昼にしようか。何が食べたい?」

「うーんとねぇ……ピザは? お兄ちゃんと半分こするの」

「え? ピザ?」

 見覚えのあるパスタの店を前にして、何かが不意に『僕』の心胆を寒からしめる。


「ピ、ピザぁ? ちょっとPクン、リオナのデートと被ってるってば!」

「……里緒奈? 詳しく聞かせてもらえるかしら」

「あらあら。里緒奈ちゃん、お昼はピザを食べて? それから?」


 確かピザは里緒奈と食べたはず。

 同じことを別の女の子としてしまって、よいものか……しかしそれを言い出したら、アイスやケーキも食べられそうになかった。

 と思いきや、キュートが視線を脇へ投げる。

「……あ。やっぱり、あっちのお店でオムライスにしよっか」

「オムライス?」

「うん。あのお店、ケチャップでお絵描きできるんだって」

 ランチとしては無難なメニューだった。

 『僕』はキュートと一緒に洋風のレストランを訪れる。

「いらっしゃいませ! 二名様ですね、どうぞー」

 お昼にはやや遅いおかげで、すぐに座ることができた。窓際のテーブルで息をつき、4ページ程度のメニューを眺める。

「じゃあ……特製オムライスを、ふたつで」

「ケチャップはいかが致しましょうか」

「自分で使います」

 テーブルの端には『ケチャップを使いすぎないでくださいネ』と注意書きがあった。

 ほかの客はカップル、もしくは女の子同士の組み合わせが目立つ。『僕』とて妹と一緒でなければ、入れなかったに違いない。

「キュートは詳しいんだね。お店」

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