第123話

 『僕』は部屋で変身を解き、異次元ボックスから手頃な洋服を取り出した。

(服のセンスは知れてるよなあ、僕……)

 普段着でしかないTシャツとジーンズを身につけ、髪に軽く櫛を通す。超絶美形のぬいぐるみから一転して、平々凡々な男子の姿になってしまったのだから、溜息も出た。

(なんで里緒奈ちゃんも菜々留ちゃんも、こっちのほうがいいんだろ?)

 里緒奈たちと一緒に昼食は取らずに、玄関先でキュートを待つ。

 キュートは外から『僕』を迎えに来た。

「お待たせ! お兄ちゃん」

 美玖と同じゲートを使っては正体が怪しまれる、と判断したらしい。わざわざ実家の方向から小走りでやってきて、ミニのスカートを翻す。

 妹の美玖にはありえない、華やかなコーディネイトだ。

 ブラウスは淡いピンク色で、ふわりと生地にゆとりがある。

 対照的にスカートは濃厚な赤だが、二枚重ねで、表の一枚はうっすらと透けている。シフォン素材というやつか。白のニーソックスも合わせて、涼しげな魅力を漂わせる。

「どお? きゅーと、お兄ちゃんのために気合入れてきたんだから」

 着の身着のままでいる自分が、情けなくもなった。

「似合ってるよ、すごく。その髪もね」

「えへへっ!」

 無邪気に笑いながら、妹はボリュームたっぷりのツインテールを波打たせた。『僕』の正面で前屈みになり、アイマスクの中から健気な上目遣いで見詰めてくる。

「お兄ちゃんもキュートのこと、独り占めしていいんだからねっ」

 不覚にもドキドキしてしまった。妹を相手に。

「う、うん……それじゃあ行こうか」

「はぁーい」

 キュートと腕を組んで、街へ繰り出す。 


 その後ろを追いかける、三人の女子高生がいた。

「Pクンったら、デレデレしちゃってぇ~」

 里緒奈に続き、菜々留と恋姫も、電信柱に隠れながらターゲットを睨みつける。

「映画かしら? それともカラオケ?」

「み、密室よ? カラオケは。そうなる前に止めないと……」

 キュートとふたりきりでデートなど、黙って見過ごせるはずがない。里緒奈たちは共同戦線と称して、デートを追跡することに。

「あれ、プリメ撮るんでしょ? ゲーセンに行くんじゃないの?」

「やっぱり! 連れ込む気満々なのよ、P君は」

「恋姫ちゃんは少し落ち着いて? エネルギーは溜めておいたほうがいいわ」

 嫉妬めいた三人分のまなざしが、彼の背中に突き刺さる。


「……ん?」

 背後に視線を感じ、『僕』はおもむろに振り向いた。

「お兄ちゃん? どうかしたの?」

「いや、誰かに見られてる気がしたんだけど。気のせいみたいだ」

 認識阻害の魔法は今も効果を発揮している。おかげで、ひとびとは妹を『SHINYのキュート』と認識できずに通り過ぎていった。

 仮面も目立つため、今日だけ『僕』のほうで魔法を掛けてある。

「ええと……プリメは最後でいいのかな。キュート、行きたいところはある?」

「うん! きゅーと、お買い物がしたくってぇ……こっち、こっち」

 キュートは『僕』の腕を引きながら、楽しそうに先行した。

(いいなあ。こういうのも……)

 あの不愛想な美玖には考えられない、仲良し兄妹のスキンシップ。嬉しくなってきて、『僕』の足取りも軽くなる。

 平日といっても、繁華街は大学生などでそれなりに賑わっていた。しかし混雑というほどでもなく、ふたりで悠々と歩いていられる。

「買い物って? 洋服なら、みんなと一緒のほうが……」

「ううん。今日は趣味のお買い物なの」

 趣味と聞いて、『僕』は首を傾げた。

(美玖の……趣味?)

 曲がりなりにも兄なのに、妹の趣味に見当がつかない。

 水泳部に所属しているのだからスポーツ用品か。もしくは優等生らしく専門書か。

(僕でわかるかな……音楽にしたって、アイドルの楽曲しか聴かないし……)

 そんな『僕』の不安をよそに、キュートは意外な店へ入っていった。

 アニメやゲームのグッズショップへ。

「……え? キュート、こういうのが好きなの?」

 恥ずかしそうに妹が赤面する。

「も、もうっ。いいでしょ? お兄ちゃんだって魔法少女ものは観てるくせに」

「あれは魔法使いとして……あぁ、ごめん。ちょっと驚いただけでさ」

 本当に意外で、驚いた。

 兄妹の関係は冷めがちとはいえ、今の今まで妹の美玖からアニメやゲームの話題を振られたことはない。そんな気配もなかった。

(美玖がアニメ? まさか……)

 まさかと思った女性向けのフロア(ボーイズあとは言うまい)には目もくれず、キュートはエスカレーターでさらに上の階へ。

 ゴールは美少女のお色気が満載のフロアだった。

まだ夏でもないのに、水着の美少女ポスターがずらりと『僕』たちを迎える。

 とはいえ『僕』にさほど抵抗はなかった。

(アイドルのグッズショップと似たようなもんか)

 むしろ同じエンターテインメントを担う一員として、親近感さえ覚える。ボーイズでラブなフロアではなかったことで、心に余裕が出てきたせいもあった。

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