第122話
プロデューサーの『僕』も妹の実力に感心する。
(ずっとSHINYの仕事を見てたもんなあ)
メンバー同士のトークは台本を前提に盛りあがった。
『夏はみんなで海行くんだよね、海!』
『全部が全部、遊びってわけじゃないのよ? イベントの撮影もあるんだから』
『二泊三日なのに、水着は一着でいいのかしら』
『え? 水着なら寮に、あんなにたくさんあるのに?』
『スクール水着じゃなくてっ!』
プロデューサーの『僕』には当然、わかりきっていることだ。
(海でもスクール水着で撮らないとなあ)
今やSHINYにとってスクール水着は欠かせない。ファンもそれを求めている。
里緒奈が軽快なトークで仕切りなおした。
「世界制服は置いといて、キュートにお便りが来てるの。ハンドルネーム桃色さんからの質問です。ええーっとぉ……」
その質問とは、
ライブの映像でキュートちゃんに一目惚れしちゃいました!
ところで、素顔はやっぱり秘密なんですか?
『僕』はごくりと息を飲む。
(キュートの素性に突っ込んだぞ? 初めてじゃないか?)
新メンバーの仮面について、マーベラスプロのスタッフは一切言及しなかった。ファンの間でもその話題は避けられている節がある。
そんな中、公式のラジオに質問という形でチャンスが巡ってきた。
無論、この質問はあらかじめスタッフが選んだもの。つまりスタッフもキュートの正体には内々に疑問を抱いているわけだ。
当事者のキュートは屈託のない笑みを綻ばせる。
「ごめんねー。内緒なの」
菜々留や恋姫も追及はしなかった。
「ナナルたちも知らないけど、仲良くやってるわ」
「そうね。キュートはもうレンキたちの大切な仲間だもの」
「菜々留ちゃん、恋姫ちゃん……」
里緒奈は腕組みのポーズで頷く。
「うんうん。それに仮面の中を詮索するのも、野暮でしょ? 野暮」
その言葉に『僕』も納得した。
芸能人には齢10万歳を自称したり、宇宙人を名乗ったりする者もいる。そういったキャラクターの個性付けに異を唱えたところで、反発を招くのがオチだろう。
キュートにしても同じことで、正体を暴こうものなら、もう『謎の美少女』として楽しめなくなる。ゆえに、許されるのは『誰だろう?』という疑問まで。
『キュートも仲間になったことだし、リオナもどんどん頑張んないとね!』
『うふふ、でも張り切りすぎちゃだめよ? 来月はもっと忙しくなるんだから』
『きゅーとはだいじょーぶっ! 早くCDも出したいなあ~』
『アルバムは秋ね。レンキも楽しみだわ』
やがてラジオの収録は終わった。
予定より二十分も早く片付いたおかげで、スタッフも余裕がある。
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様~」
『僕』はSHINYのメンバーを連れ、早々とスタジオをあとにした。
「恋姫ちゃんも慣れたね、ラジオ。キュートも初めてとは思えない出来だったぞ」
恋姫はまんざらでもない調子で、キュートは満面の笑顔で。
「ま、まあ? レンキだって、それなりに場数は踏んでますし?」
「えへへっ。きゅーと、いっぱい練習してきたもん」
里緒奈はケータイでスケジュールを確認する。
「午後はオフよね? どっかでお昼食べて、街に出ない?」
「ナナルも賛成! 遊べる時は遊ばなくっちゃ」
「お昼ご飯はわかるけど、平日よ? 堂々と出歩いて平気かしら……」
当然のように菜々留も乗り気、一方で恋姫は困惑気味だった。
(お兄ちゃん? 午後はキュートが独り占め、でしょ?)
(う、うん……)
けれども『僕』は妹との約束を優先し、あえて水を差す。
「ごめん、みんな。今日はお昼から、その……キュートとデートの約束してるんだ」
「へ……?」
里緒奈たちは呆気に取られたように開口した。
そして一瞬のうちに、ぬいぐるみの『僕』を三人掛かりで羽交い絞めにする。
「デートって何のことっ? Pクン!」
「説明してもらいます!」
「三股で飽き足らず、四股? ナナル、あんまり感心しないわ」
右手は里緒奈、左手は恋姫、おまけに両足を菜々留に引っ張られ、ぬいぐるみの身体はムササビのように伸びきった。
「プ、プリメ! キュートだけ撮ってないのが不公平、だかららららっ」
拷問じみた尋問にキュートが割って入る。
「みんなもお兄ちゃんとデートしたんでしょ? だから今日はきゅーとの番なのっ」
「う」
里緒奈も、恋姫も、菜々留も、それ以上は言い返せなくなってしまった。
確かに件の三股交際は、優柔不断な『僕』にこそ非がある。しかし彼女たちも仲間を出し抜き、『僕』と秘密を共有していたことは事実。
「きゅーとは隠したりしないもん。ねー? お兄ちゃん」
「まあ……そういうことだからさ、午後は僕、キュートと遊ぶよ」
『僕』は内心ビビりながらも、正直にデートを宣言する。
「あらあら。Pくんの浮気者ぉ」
「本当に遊ぶだけですか? ……本当に?」
「ア、ヤ、シ、イ」
事後にバレて、洗濯物と一緒に日干しにされるよりはいい。
「さ、さあさあ! 帰るぞー」
一旦寮へ戻り、出なおすことに。
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