第121話
ボードにはツーショットのプリメが三枚。キュートは途端にへそを曲げ、『僕』の顔を横長に引っ張る。
「お、に、い、ちゃ、ん! このラブいプリメはどーゆーことっ?」
「ま、まっふぇ? ひゃれれないっへば~!」
じたばたともがきながら、『僕』は妹の行動に驚いた。正気を疑った。
(さっきの今だぞ、美玖? 本当にバレてないつもりで?)
美玖がプリメを見つけ、キュートともデートするように仄めかしたのは、ほんの数分前のこと。今はキュートが同じプリメを前にして、怒っている。
「メンバーには公平に、でしょ? お兄ちゃん。次はきゅーととデートしてっ」
そして直球。実にわかりやすかった。
(仮面をつけたら、あほの子になっちゃうのかも……)
そんな妹を心配しつつ、『僕』は素直に申し出を受ける。
「わかったよ。でも内緒にしたりせず、里緒奈ちゃんたちにも話すからね? キュートとふたりで出掛けるって」
当然、同じ失敗を繰り返すつもりはなかった。
キュートは不満の声をあげる。
「ええ~? みんな一緒にってなりそぉ」
「そこはちゃんと断るから。じゃあ……急だけど、明日の午後にでも」
しかしデートの日時が確定すると、朗らかな笑みを弾ませた。
「うんっ! 約束だよ? お兄ちゃん。ちゃんと男の子のカッコで来てね」
「了解。さあ、今夜はもう休んで。明日も朝から仕事なんだ」
『僕』は扉を開け、キュートを見送る。
「もう遅いから、気をつけてね」
「平気っ。きゅーとの家、すぐそこだもん」
それもそのはず、妹はゲートを通って帰るつもりらしい。
(僕はともかく、恋姫ちゃんや菜々留ちゃんにはいつまで誤魔化せるかなあ、これ……)
兄としての不安は尽きなかった。
翌日は朝からラジオの収録のため、マーベラスプロへ。
ついでに学校からの厚意で、メンバーはマネージャーの美玖も含め、お休みをもらうことができた。中間試験がまずまずの出来だったおかげかもしれない。
「でもレポートは提出しなくちゃいけないんでしょ?」
「レンキたちは高校生なのよ? 高校生」
業界最大手の芸能事務所となれば、本社のビルに一通りの設備が揃っていた。マーベラスプロの関係者だけの仕事なら、こちらのほうが融通が利くし、場所取りも容易い。
「シャイP、すみません。今日は巻きでお願いします」
「そのつもりだよ。次は観音さんが使うんでしょ」
しかし本日は同じスタジオを、SHINYの直後に観音玲美子が使う予定だった。大人気の国民的アイドルにして、マーベラスプロの女王様が、だ。
もしSHINYの収録が遅れようものなら、『僕』たちはどうなることやら。
里緒奈や恋姫も苦笑い。
「リオナ、観音さんはちょっと苦手かも……」
「言わないで。ご本人の耳に入ったりしたら、大変よ?」
マーベラスプロの若手はまず自販機の場所と内容を覚えるところから始まる、とか。迅速に使い走りの仕事をこなせるように。
問題の女王様を、菜々留だけはフォローする。
「そんなに悪いひとじゃないわよ、んもう。ちょっと食い意地が張ってるくらいで」
「最後までフォローしてあげてよ」
居もしない女王様の影に怯えつつ、『僕』たちは収録の準備を急いだ。
マネージャーの美玖が一旦、スタジオを出ていく。
「それじゃ、ミクはキュートを呼んでくるから」
「うん。頼むよー」
そして入れ違うように仮面の少女、キュートが登場した。
「おはようございまぁーす!」
髪型や服装は手品(魔法)で瞬時に替えたらしい。プロデューサーの『僕』を見つけるや、嬉しそうに近づいてくる。
「遅れちゃってごめんね、お兄ちゃん」
「ううん。みんなも事情は知ってるし、気にしないで」
キュートは正体を隠している、だからメンバーとは現場で合流する――少々面倒な取り決めになってしまったが、マーベラスプロのスタッフも納得してくれていた。
遅刻というほど遅れたわけでもない。
「これで全員ね。里緒奈、台本は頭に入ってる?」
「今日は新メンバーの紹介でしょ。ちゃんとわかってるってば」
「どんなお喋りになるか、楽しみね」
間もなくSHINYのメンバーは金魚鉢(収録用のスペース)の中へ。
(美玖は何度かイベントで司会とかやってるし、大丈夫か)
ラジオは今回が初参加となるキュートにも別段、緊張の素振りは見られなかった。美玖にとってSHINYのメンバーは顔馴染みなのだから、気楽でいられるのだろう。
それに加え、おそらく妹は張りきっていた。
『あー、あー。聞こえる? お兄ちゃん』
「オーケー。マイクテスト、よし」
この仕事が終わったら、『僕』とデート。
(妹が兄と出掛けて楽しいのかな……)
『僕』自身はそう思うものの、明らかにキュートは舞いあがっている。
『何かいいことでもあったのかしら? キュートちゃん』
『えっへっへ~』
その一方で、『僕』は肝を冷やした。
キュートとデートする件を、まだ里緒奈たちに話していないわけで。
(お昼ご飯の時にでも話さないと……)
結局、言い出せないままにラジオの収録が始まる。
『こんにちはー! みんなのアイドル、SHINYの里緒奈ちゃんよ』
『同じくSHINYの恋姫です。みなさん、こんばんは』
『硬いわよ? 恋姫ちゃん。もっとリラックスよ、リラックス』
まずは初期メンバーの挨拶から。
フリーでトークしているように聞こえても、実際は手元に台本がある。『僕』はタイムキーパーとして時間を数えながら、次を指示。
『さてさてSHINYラジオ、今夜もファンのみんなにホットなニュースをお届け!』
『噂の新メンバー、キュートちゃんに来てもらったわ。どうぞ~!』
『ハーイ! キュートでぇーっす!』
キュートの快活な第一声を聞いて、スタッフは安堵した。
「ふう……いきなりの収録でどうなることかと思いましたが、この調子なら」
「物怖じしない子っすねぇ。さすがシャイPの隠し玉だ」
ラジオの収録で新人がタイミングを誤ったり、緊張のせいで噛んだりといったことは多い。その最初のハードルを、キュートはあっさりと越えてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。