第119話

 恋姫がほっと胸を撫でおろした。

「普通の恰好でよかった……」

「そお? きゅーとはもっと可愛いのがいーなー」

 キュートは物足りなそうに、逆に里緒奈は満足そうにTシャツの裾を掴む。

「え? このシャツとか、可愛くない?」

「里緒奈ちゃんのセンスは理解できるわ。そうよねぇ」

 おしとやかな菜々留もしゃなりと出てきた。

「うん。可愛いよ、みんな」

 『僕』が正直な感想を伝えると、メンバーは一斉に顔を赤らめる。

「そ、そう……かな? えっへっへ~」

 恥じらいの混じった笑みを浮かべたり、人差し指を突っつきあわせたり。

「ま、まあ? 可愛いと言われれば、その、嬉しくないこともありませんけど……」

「問題は誰がPくんの一番かってことかしら? うふふ」

「お兄ちゃん、ほかにリクエストは? きゅーと、なんだって着てあげるっ」

 水着ではないせいか、さっきまでとは彼女たちの態度が一変した。

 いじらしい上目遣いも多くなる。

「それじゃ、行ってくるね。Pクン」

「頑張ってね」

 里緒奈に続き、菜々留や恋姫、キュートも『僕』にタッチしていった。

(……なんで触るんだろ?)

 いよいよ後半戦、スニーカーのCM撮影が始まる。

 『僕』は撮影に参加せず、メンバーの仕事ぶりを眺めていた。

(ずっと桃香ちゃんばかり撮ってきたから、こういうのは苦手なんだよなあ)

 撮影は順調、四人の息はぴったりと合っている。

 ふと『僕』の隣に誰かが並んだ。

「こんにちは。妖精さん」

「へ?」

 人間の姿で『僕』は振り向き、思いもよらない人物の登場に驚く。

 SPIRALのセンター、有栖川刹那だ。

「SHINYが撮ってるって聞いたから、興味があって……いけなかったかしら」

「あ、いいえ。そんなことは……」

 さしもの『僕』も動揺した。

 どういうわけか、彼女には認識阻害が通用しない。しかも『僕』があの時のぬいぐるみであることを、すでに知っている口ぶりなのだから。

 彼女の唇が小さな笑みを漏らす。

「別にバラしたりしないわよ。でも残念ね。妖精さんがオスだったなんて」

「ご、ごめんなさい」

「ふふっ、冗談よ。……ふぅーん」

 会話の間も、有栖川刹那は興味津々に『僕』の容姿を眺めていた。

「あなたは妖精さんでいるほうがいいわ」

「そ……そうですか?」

 相手は大人気のアイドルだけに、『僕』は緊張するばかり。

「今度、一緒にお茶でもしましょ」

 そんな『僕』の頬に、有栖川刹那が人差し指をちょんと当てた。

「ただし妖精さんのほうで……ね。男の子とお茶する趣味はないの、わたし」

「は、はあ」

 『僕』のほうは生返事が精一杯。

 早々と去っていく彼女の背中を、ぼんやりと見送る。

(不思議なひとだなあ)

 何も見惚れているわけではなかった。圧倒された、という表現が正しい。

 そして視線を前方へ戻し、ぎくりとする。

「Pクぅン?」

「お、に、い、ちゃ、ん?」

 いつの間にか、撮影中のメンバーが『僕』の眼前まで迫っていた。里緒奈やキュートに続き、菜々留や恋姫も詰め寄ってくる。

「あらあら……ちょっと目を離した隙に、余所のアイドルと……」

「今の、有栖川刹那ですよね? どういうことですか?」

 四対一で気圧され、『僕』はたじたじに。

「せ、世間話しただけだよ? ほんと、ほんと!」

「信っじらんない!」

 そんな『僕』の足の上に、里緒奈たちの踏みつけが殺到する。

「ま、待って! 話を聞いて~!」

「聞きませんっ!」

 さすが新商品のスニーカー、攻撃力も申し分なかった。

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