第117話

 キュートと美玖が同一人物であることに勘付いているのは、『僕』だけ。

 里緒奈たちを含め、その事実を知る者はいない。仮に気付いたとしても、『仮面』に配慮し、いたずらに騒ぎ立てることはしないだろう。

 この推測に確証はなかった。しかし疑問の堂々巡りに歯止めは掛けられる。

(考えたって、答えが出るわけでもないしね。うん)

 十分ほどして、SHINYのメンバーが装いを新たに戻ってきた。ブルーの競泳水着にパーカーを被せた恰好で、『僕』の前に並ぶ。

「お待たせー、Pクン」

「じゃ~ん! どお? お兄ちゃん」

 里緒奈やキュートは抵抗もなしにパーカーの前を開けていた。

「そうよね……ふふっ。Pくんには見せてあげなくっちゃ」

「ち、ちょっと、菜々留まで? レンキはまだ……」

 頑なにジッパーを閉ざしている恋姫を差し置いて、菜々留も魅惑のプロポーションをお披露目。パーカーを重ねているおかげで、カジュアルな魅力も際立つ。

「うぅ……あ、あとで憶えててくださいね? P君っ!」

 観念したように恋姫も前を開け、際どいスタイルを『僕』の視界に差し出した。

 高校一年生にしては豊かな胸の膨らみが、薄生地の内側で谷間を寄せる。

 競泳水着のハイレグカットも罪深い色香を存分に漂わせていた。背丈と比率的に見て、脚が長く、腰の位置が高いのも一目でわかる。

「いいよ、いいよ! 可愛い!」

 プロデューサーの『僕』は興奮気味に太鼓判を押した。

 そんな『僕』の熱視線に耐えかね、恋姫は隙だらけの我が身をかき抱く。

「か、可愛いだなんて……騙されませんよ? エッチなこと考えてますよね? 今」

「考えてない、考えてない。……ん~、スニーカーも合わせてみたいなあ」

 菜々留は微笑とともに溜息をついた。

「Pくんのセンスって、よくわからないわ……」

「要は水着の女の子が好きなんでしょ?」

「いやいや! セーラー服や体操着も可愛いと思うよっ?」

「ブルセラじゃないですか!」

 ブルセラという言葉は死語の気もするが、さておき。

 準備万端のスタジオを眺め、菜々留が人差し指を顎に添えた。

「こういう季節モノのCMって、撮影と放送のタイムラグがすごいわねえ。でも、ちょっと遅いんじゃないかしら?」

「もう五月の半ばだものね。際どい感じはするわ」

 恋姫にも指摘されるも、プロデューサーの『僕』は小さな身体で踏ん反り返る。

「その心配はいらないよ。今日撮るのは、学校や団体向けに秋以降、販売する水着なんだ。来年度から使えるようにね」

 キュートが嬉しそうに相槌を打った。

「一般販売もするんでしょ? だからSHINYを起用して……」

「そういうこと。クレハ=コレクションのためにも頑張ろ~」

「おーっ!」

 メンバーの掛け声がひとつになる。

 間もなくCMの撮影が始まった。里緒奈や菜々留は慣れたもので、カメラの前でも柔らかい笑みを綻ばせる。競泳水着のアピールにも余念がない。

 『僕』もカメラマンのひとりとして、撮影に参加。

「里緒奈ちゃん、目線こっちー! うんうん、いいね……あぉふっ?」

 しかし乗ってきたところで、後ろからこめかみをグリグリされてしまった。

「グラビアの撮影じゃありませんってば!」

「ちょ、恋姫ちゃん? 加減してぇ~」 

 じたばたともがくしかない『僕』を、キュートが助けてくれる。

「んもう、恋姫ちゃん! お兄ちゃんに意地悪しないでっ」

「え、意地悪なの? レンキが?」

「お兄ちゃんが撮ってくれるなら、きゅーと、頑張っちゃうもん」

 その宣言通り、妹も撮影をそつなくこなした。

 自分が今カメラにどう映っているのか、感覚でわかるらしい。『僕』がピントを合わせるタイミングで静止し、むしろ撮影をフォローしてくれることも。

(よく勉強してるなあ、美玖も……)

 マネージャーとして現場に立つうち、修得したのだろう。

 何かと魔法に頼りがちな『僕』と違い、妹は自分の力で目的を成し遂げようとする。攻撃魔法をぶっ放すことはあるが。

 そんな妹の頑張りが誇らしかった。

「キュート、前屈みになって……そうそう! 谷間をぎゅ~っと」

「こーいうのが好きなの? お兄ちゃんったら」

 『僕』の脳天に里緒奈のチョップが入る。

 恋姫も仕事と割りきったのか、カメラの前ではクールな美少女を演じた。

「最高! 輝いてるよー、恋姫ちゃん!」

「わかりましたから、もう少しテンション下げてください」

 おかげで『僕』の撮影にも熱が入る。

「じゃあ次は里緒奈と恋姫、菜々留とキュートでペアになって、体操~」

「え? そんなのあったぁ?」

 その後は二人一組で背中合わせになったり、正面から胸を押しつけあったり。

 メンバー全員でのダブルピースは、本日一番の絵となった。

「恋姫ちゃんも恥ずかしがらずに、どんどんピースしようネ! ダブルピースはSHINYのトレードマークみたいなものなんだから」

「そ、それはわかってますけど……」

 まだピースのぎこちない恋姫に発破を掛けると、里緒奈と菜々留が笑みを含める。

「Pクンってば、また恋姫だけ特別扱い? なんか多くない?」

「やっぱりツンデレが可愛いんじゃないかしら」

 キュートがアイマスク越しの上目遣いで『僕』を見上げた。両手のチョキをハサミのように動かしながら、少し自信がなさそうに聞いてくる。

「お兄ちゃん、きゅーとはぁ? きゅーとのダブルピースはどお?」

 妹の美玖には考えられない懐っこさが、『僕』をくすぐった。

「そ、そりゃあ……可愛いよ? とても」 

 男性としてではなく兄として戸惑いながらも、まじまじとキュートを見詰め返す。

 すると里緒奈に、ぬいぐるみのお尻を抓られた。

「あいたあっ?」

「プロデューサーがデレデレしないのっ!」

「あらあら。里緒奈ちゃんもツンデレに挑戦? うふふ」

 休憩を経て、次の撮影へ。

「ほんとに撮るの? 水着でスニーカーなんて」

「撮ろうよ。絶~っ対、可愛いから」

 『僕』の要望で、競泳水着とスニーカーのコラボPVも撮影することに。

「このためにミニの靴下も用意しといて、正解だったね」

「Pくんの考えてることがわからないわ……」

「でしょう? 菜々留からもハッキリと言ってあげて」

 メンバーは疑問符を浮かべながらも、CM用のスニーカーを履いた。

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