第116話
本日は学校を早退し、午後からCMの撮影だ。
ちゃっかりキュートも合流し、アイドル戦線に加わる。
「ちゃんと見ててね、お兄ちゃん。きゅーとが最高のCMにしてあげるから」
「んもぉ、キュートってば。調子に乗りすぎ」
昨日はプールで一悶着あったとはいえ、メンバーの空気は和やかなもの。アイドル活動の際は気持ちを切り替えるプロ意識が、彼女たちの間で芽生えつつあった。
「Pくんは応援よ? うふふ」
「じゃあ、そろそろ行ってきます」
菜々留や恋姫も気合充分にスタジオ入りする。
ところが、ものの数分で全員が『僕』のもとへ戻ってきた。恋姫が怒りとも恥ずかしさとも取れる色で赤面し、声を荒らげる。
「ぴぴっP君! CMって、なな……なんですか、あれ!」
「何って……先週、言わなかった? スポーツ用品のCMだって」
「ナナルも聞いたわ。確かにスポーツの、だけど……ちょっと予想外ねぇ」
ぬいぐるみの『僕』は彼女たちの目線で肩を竦めた。
「競泳水着だよ? こういうの得意でしょ?」
そう説明するや、ぶん投げられる。
「いつもP君が無理やり着せてるんじゃないですかっ!」
怒りで荒ぶる恋姫を、里緒奈がどうどうと鎮めた。
「まあまあ……恋姫? スタッフさん、びっくりしてるから」
「き、今日は大丈夫……げふっ、マーベラスプロのスタッフだし……」
「いつものことだものね。うふふ」
柔和に微笑む菜々留も、本心では怒っているのかもしれない。
「お兄ちゃん、生きてる?」
「生きてまひゅ」
キュートの手を借り、『僕』は元の高さで胸を張る。
「自信を持ってよ。メーカーさんも『ぜひSHINYに』って、すごく推してくれてるんだから。あ、これが終わったら、次はスニーカーのCMもね」
「水着と靴って、落差が激しくない? Pクン」
「いやいや、僕が思うに、水着とスニーカーの親和性は高いよ。ほら、プールと教室を行き来する時とか、靴だけ履いちゃう感じ? あれって可愛いよひょほお~っ?」
また投げられてしまった。
どうも『僕』の自負するスクール水着への愛の深さが、彼女たちには単なる性欲の類に思われているらしい。これは由々しき問題だ。
里緒奈が不満げに口を尖らせる。
「たまにはこう、洋服の撮影とかないわけ? モードの最先端みたいな」
「あぁ、それなら秋に……まだ確定はしてないけど、クレハ=コレクションに出場できるかもしれないからさ。その足掛かりと思って、頑張ってよ」
『僕』は何気なく言っただけのつもりだったが、菜々留がやけに食いついてきた。
「あのクレハ=コレクションに、ナナルたちが? ラブメイクコレクションのほうじゃなくって? 本当なの? Pくん」
「うん。なんかグループで参加して欲しいって話がマーベラスプロに来て……ラブメイクコレクションも、実はクレハ=コレクションを見据えてのものなんだ」
SHINYのメンバーは顔を見合わせて、頷きを交える。
「アイドルらしくなってきたんじゃない?」
「ナナルは賛成よ。競泳水着もスニーカーも頑張っちゃうわ」
「そ、そうよね? お仕事なんだもの。別に見返りを求めるつもりはないけど……」
「きゅーともやる、やる!」
士気は上々。
マーベラスプロのベテラン勢もスムーズに準備を進めていた。そのひとりがプロデューサーの『僕』に声を掛けてくる。
「シャイP、マネージャーの美玖ちゃんはいないんですか?」
「ああ、それは……」
『僕』は口を開きかけるも、返答に迷った。
基本的にアイドルにはマネージャーが同行するもので、SHINYも美玖が世話している。しかし美玖は今、キュートとしてメンバーに加わっているわけで。
「僕でよければ、伺いますけど」
「あぁ、控え室の鍵をお渡ししようと思いまして……シャイPにお任せしても?」
「いえ、ミク……私がお預かりしますので」
そのはずが、脇から妹の『美玖』が出てきた。
(いつの間に?)
「じゃあ頼むよ。部屋はわかる?」
「何度か来たことがありますから。では、またのちほど」
『僕』に代わって鍵を受け取り、SHINYのメンバーを連れていく。
当然、キュートの姿は見当たらなかった。
「……あら? キュートちゃんは?」
「余所で着替えるそうよ。ほら、あの子は仮面をつけてるから」
「やっぱり正体はリオナたちにも秘密なのぉ?」
菜々留といい、里緒奈といい、本当に気付いていないのだろうか。
「覗かないでくださいね。P君」
「の、覗かないってば」
疑問を抱いているのは『僕』だけ――かもしれない。
『僕』は声を潜め、さっきのスタッフを揺さぶってみた。
「あの~、松井さん? キュートって、誰かに似てると思いませんか?」
「キュートちゃんですか? う~ん……ちょっと僕には心当たりないですねえ」
スタッフは真顔で首を傾げる。
「え? シャイPもご存知ないんですか? キュートちゃんの正体」
「あーいや、バレてるのかなーと思って……」
「実際のところ、まだ誰も知りませんよ。仮面のキャラの素性を詮索するのは、マナー違反とも言いますしね。ほら覆面レスラーだって、そういうのはNGじゃないですか」
「……なるほど」
ここで『僕』はひとつの仮説を立てることにした。
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