第115話

 浮力のせいか、薄生地越しの美乳をより柔らかく感じる。

「ちょ、ちょっと待ってください? P君、触るの……もっ、揉むのは禁止で!」

「もごもごっ(揉んでない! 揉んでないから!)」

 もう頭の中は真っ赤だった。

(こうなったら、考えるのはあとだ!)

 半ば自棄になり、『僕』は恋姫を前へ前へと運ぶ。

「んくふぅ! はあっ、早く……行かなきゃ、P君にぃ……んあぁ?」

 恋姫もぎこちなく水を蹴り、勢いをつけようとした。そのたびにフトモモが『僕』の頭をむっちり感で包み込む。

(頼む、恋姫ちゃん! 正気に戻って~!)

 いっそ彼女に蹴り倒されるほうが、ましに思えてきた。

 しかし恋姫はキュートや里緒奈たちに対抗心を燃やしているのか、あえて『僕』の悪戯を受け入れ、ひっきりなしに喘ぐ。

「あふぁあ、あと半分……ちょ、ちょっとP君? 息をするのも禁止です!」

「んぶぶぶ(死ぬってば)!」

 25メートルを泳ぎきるまで、とうとう蹴りの一発も返ってこなかった。恋姫もプールサイドへ登ったところで力を使い果たし、くたっと倒れ込む。

「んはあ、はぁ……あとで、し、死刑に……」

 最後の一言は聞かなかったことにした。

 キュートが女の子らしいガッツポーズで意気込む。

「お兄ちゃんっ! きゅーと、50メートルでも頑張るからっ!」

「いや、あの……」

 一方で、『僕』は限界が近かった。

 ぬいぐるみの姿ならともかく、今は人間の身体なのだから当然。あとは語るまい。

 そうとは知らず、里緒奈や恋姫が起きあがろうとした。

「リ、リオナだって、まだ……」

「はぁ、レンキもです。P君、レンキも……平泳ぎが完成するまで」

「だめよ? ふたりとも。Pくんはナナルともう一周ぅ……」

「もうっ! 次こそきゅーとの番でしょ?」

 菜々留も合流し、スクール水着からうら若い色気を溢れさせる。

 これ以上は耐えられない――そう判断し、『僕』は最後の手段に出た。

「変身っ!」

 ぬいぐるみの姿になって、水泳パンツからすっぽ抜ける。

「そっそれじゃ! 僕、マーベラスプロに行くから!」

 プロデューサーは逃げ出した。

「あーーーっ!」

 腰が抜けているような有様の里緒奈たちでは、すぐには追ってこられないはず。キュートが手品(魔法)を使う前に逃げおおせる。

(そうだ……もっと早くこの姿になれば、よかったんだ)

 おかげで妹との関係も有耶無耶にできた。今くらいは卑怯でも構わない。


                  ☆


 その夜、ぬいぐるみの『僕』はベッドの上で座禅を組んでいた。

 あれ以降、SHINYのメンバーはずっと牽制を続けている。どうやら本格的に『僕』

のハグを巡って、争奪戦を始めたらしい。

 その競争自体は前々からあったが、キュートの参入によって均衡が崩れたわけだ。

 もちろんプロデューサーとして、彼女たちのアイドルパワーをアップさせることは喜ばしい。気持ちいいし。ニャンニャンでSHINYの魅力が高まるなら、やぶさかではないというのが本音だ。何より気持ちいいし。

(……だっ、だめだ! 煩悩に惑わされるな、僕……!)

 こんな調子で小一時間ほど、『僕』は煩悩という名の懊悩を続けていた。

 寮にキュートがいないことが、せめてもの救いか。妹は今頃、実家のほうでアイマスクを外しているのだろう。

(美玖はほんと、どういうつもりであんな……)

 考えれば考えるほど、妹のことがわからなかった。

 仮面で素性を隠し、SHINYのステージへ乱入してきたこと。

 普段の美玖と違い、『僕』に対してとことん友好的なこと。

 あれで正体を隠しているつもりなのか。『僕』に近づいた意図は何なのか。里緒奈たちやファンは本当に気付いていないのか。

 それこそ美玖が正直に話してくれない限り、理解できそうになかった。

 『僕』のほうから問い詰めることはできない。『僕』自身がキュートと兄妹らしい関係を期待しているのに加え、すでに世間が彼女をSHINYの一員と認めている。

 下手に引っかきまわして、キュートないし美玖の脱退となれば、SHINYの人気は大きく後退するだろう。

 しかしキュートにしても、このまま嘘を押し通すつもりなのか。いずれ恋姫や菜々留あたりがキュートの正体に勘付く気はした。

 とにもかくにも引き締めるべきは『僕』、戒めるべきも『僕』だ。

(SHINYのプロデュースだけを考えるんだ。SHINYの歌、ダンス……あ、おっぱい揺れた。~じゃなくてっ! 感じるな、考えろ……!)

 ひとり座禅に耽っていると、ノックの音がした。

 扉を開け、里緒奈が顔を覗かせる。

「ねえ、Pクン! 聞いた? さっきシホから連絡があったんだけど」

「ん、なあに?」

「それが……プールの中で、男性用の水着が見つかったんだって。変質者が侵入したかもしれないって、学校のほうは大騒ぎらしいわよ」

 プールに男性用の水着。

 『僕』は心当たりにはっとする。

「ねえ、それって……」

「ちょっと怖いよねー。でもPクンが守ってくれるから、ダイジョーブか」

 しかし里緒奈は頓珍漢なことを言い残し、戻っていった。

 ぬいぐるみの『僕』は座禅と同じ高さで立ち竦む。

「あ……あれ? もしかして僕、未だに男子って認識されてないんじゃ……?」

鏡で見た『僕』の姿はぬいぐるみだった。

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