第94話
「ところで美玖ちゃん、急用って?」
「兄さんが呼んでくれって言ったのに、すぐ出て行っちゃって……ごめんなさい。戻ってきたら、また連絡させるから」
これにて一件落着。ただ、里緒奈が桃香に素朴な質問を投げかける。
「あのぉー。桃香さんってPクンのこと、ぶっちゃけ、どう思ってるわけ?」
「え? えぇと……」
桃香は頬を染め、うっとりと語り出した。
「女の子に優しくって、プロデュースの才能があって……何よりハンサムなところが、とお~っても大好きなんです」
「……エ?」
美玖を含め、里緒奈たちはあんぐりと口を開く。
桃香のノロケは止まらない。
「あの男らしい目つきも、逞しいモフモフも、Pさんの全部が好きなんです。モモがプロデューサーだったら絶対、アイドルにしちゃってます! なぁんて……うふふっ」
もちろん『僕』は大満足だった。彼女の言うことはすべて正しい。
(わかってるのは桃香ちゃんだけだよ。うんうん!)
人間の『僕』は別として、ぬいぐるみの『僕』は勇者似の美男子なのだから。
温度差の激しい雰囲気の中、恋姫が淡々と質問を加える。
「じゃあ例えばの話ですけど。仮にP君が人間の男の子……だったら、どうですか?」
「え? 人間の……男の子だったら……」
桃香はしばらく考え込むと、かあっと赤面した。両手で頬を押さえ、一流のグラビアモデルにしては締まらない笑みを浮かべる。
「自主規制しちゃいまぁーす!」
プロデューサーの処刑が決まった。
★
グラビアモデルの桃香のCM撮影にて、カメラマンを務めた男がいた。
ひとり暮らしの彼は夕食を調達しつつ、今日の仕事を思い返す。
「やっぱ桃香ちゃんは最高だったよなあ……ムッチムチでさ」
大人気の彼女を撮影できると知った時は、感激した。しかもバニーガール、今日ほど自分を幸運に思ったことはない。
また自分の仕事ぶりは、プロデューサーへの受けもよかったはず。
「この調子で桃香ちゃんと仲良くなれば……むふふ、プライベートで撮影会とか……」
妄想するだけで鼻の下が伸びた。
だが――彼はただならない気配に顔を強張らせる。
あの恐ろしい都市伝説が脳裏をよぎった。アイドルに下心を抱いた輩を、問答無用で裁くという魔人の噂が。
「いやまさか……まさかな? ハハッ」
それを一笑に付し、彼は早足でアパートへ駆け込んだ。
「風呂に入ったら、そうだな……桃香ちゃんの写真集でも眺めて……ん?」
ところが部屋に入って、異様な殺気に気付く。
「待ちかねたぞ」
まだ照明のスイッチを入れてもいないのに、部屋の中は赤々と照らされていた。さらには窓際にあるはずのベッドが、中央に移動している。
その上で悠々と寝そべるのは、筋肉質の大男。
「グラビアアイドルのバニー姿を撮影できるだけでも妬ましいのに、よもや下心を持って近づこうとはな……それは男の愛ではなく、獣の劣情と知れ」
カメラマンは恐怖を覚えながらも、その闖入者を相手に吼えた。
「だ、誰だ? お前は! 勝手に入りやがって……」
「ほう……この俺を知らんとは。まあいい……何にせよ、俺は貴様に地獄を味わわせてやるだけだ」
ゆらりと巨漢が立ちあがった。
身長は180センチを超え、体重は110キロ。ヘビー級のレスラーと同格、もしくはそれ以上の巨躯が、ビキニパンツ一枚でカメラマンを圧倒する。
おまけにビキニパンツから食み出すように生えている剛毛は――Hカップのバニーガールを鑑賞したあとでは、あまりに目に毒だった。
カメラマンの男は顔面蒼白で首を振る。
「まっ待て! お……オレが何をしたってんだ? くっ、来るなあ!」
「グフフフッ! そう遠慮するな。俺の肉体美も好きに撮っていいんだぞ?」
魔人は嗜虐の笑みを浮かべると、獲物の頭を鷲掴みにした。
「今夜のとっておきのオカズとやらは、この俺のギャランドゥで上書きしてくれよう。フフフ、食らうがいいッ!」
「やめ――」
そして腹筋の半分を覆うギャランドゥを、その顔面に猛然と擦りつける。
「ギャランドゥ・エクスプロージョン!」
「く、臭いし痛ぃ……ぐおぉ? ぎゃあああああーっ!」
巨漢の名はアラハムキ。
気高きバーバリアン族の王子にして、真の勇者がここにいた。
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