第73話

 ゲームセンターの前に差し掛かったところで、菜々留が足を止めた。

「Pくん、忘れないうちにプリメも撮りましょ!」

「いいよ。やろうか」

 プリントメートの筐体へふたりで入り、さらに密着する。

「こーいうの、僕はわからないからさ。菜々留ちゃんにお任せしちゃっていいかな」

「んもう……デートなんだから、予習くらいしようとか思わなかったの?」

 プリントメートの使い方なら、本当は里緒奈に教わっていた。しかし男子の『僕』が手慣れていては、怪しまれるかもしれない。

(か、買い物に行ったついで、だもんな? うん)

 心の中で自分と里緒奈に言い訳しつつ、菜々留の手つきを見守る。

「はい、撮るわよ! もっと寄って」

「う、うん」

 『僕』と菜々留のアップを音符のフレームで囲んで、パシャリ。そのサンプルに彼女はハートマークの落書きを添え、大満足。

「恋姫ちゃんや里緒奈ちゃんには見せられないわね。うふふっ」

(見せないでね? 絶対……)

 できあがったシールをふたりで分け、それから『僕』たちは喫茶店へ足を運んだ。昼時でなくとも休日だけあって、テーブルはそこそこ埋まっている。

「Pくん、ケーキも食べましょ」

「お蕎麦じゃちょっと足りなかった?」

 『僕』はレアチーズケーキで、菜々留はフルーツタルト、飲み物はふたりともホットの紅茶にした。最初のうちは来月のライブコンサートについて話していたものの、

「せっかくのお休みだもの。ほかのお話にしない?」

「そうだね。じゃあ学校のこととか……」

 話題は高校生活にシフトし、行事やら試験やらで盛りあがる。

「その前に定期試験だけど……」

「菜々留、文系は大丈夫よ。数学はまたPくんが教えてくれるんでしょ?」

「もちろん。僕でよければ」

 プロデューサー兼体育教師の『僕』も、英語や数学といったメジャーな教科は一通り押さえていた。そうでなくてはアイドルに『学校の勉強もしなさい』とは言えない。

以前プロデュースしていた女子高生と、一緒に勉強した成果でもある。

「心配なのは里緒奈ちゃんかな? でも先生たちも、そう無茶な問題は出さないって言ってくれてるし……ん?」

 いつしか『僕』ばかり喋っていた。

 菜々留は両手で頬杖を突き、まっすぐに『僕』を見詰めている。

「なんだか不思議……Pくんが本当は男の子で、ナナルとデートしてるなんて」

 デートという言葉に『僕』は照れる。

「そ、そう? 彼氏っぽくできてるか、疑問なんだけど……」

「Pくんも初々しいのがいいのっ」

 お互い意識するほどに、甘いムードが立ち込めた。

 柄にもなく紅茶の香りを呷ってみたりしても、落ち着かない。彼女の熱っぽいまなざしにドキドキするばかりで、こちらは視線を泳がせる。

「ねえPくん。ナナル、美玖ちゃんに聞いたの。魔法の修行の間に、お嫁さんも探さなくっちゃいけないんでしょう?」

 その言葉に『僕』はぎょっとした。

「ええっ? は、初耳だよ? そんなの」

「でも確かに美玖ちゃんが……里緒奈ちゃんと恋姫ちゃんも知ってるわ」

 菜々留はしれっと言ってのける。

 これが本当なら、当事者の『僕』は何も聞いていないのに、妹の美玖には伝わっていたらしい。ただ妹は別として、SHINYのメンバーには誤解があった。

「ナナルね、Pくんは同じ妖精さんの女の子を探すんだって、思ってたのよ」

「あぁ……なるほど」

 ぬいぐるみの『僕』と人間の女の子では、そもそも恋愛が成立しない。

 そのはずが、実は『僕』もれっきとした人間の男子で。

「お嫁さん……欲しいの?」

 候補になりうる菜々留に直球で質問され、動揺してしまった。

「えっ? そ、それはまだ考えてないってゆーか……ごにょごにょ」

 花嫁探しの件は母親の冗談にしても、菜々留を意識せずにいられなくなる。

(お嫁さんを見つけろ、だって? だからアイドルのプロデュースを認めたとか?)

 まさか、そんなはずはない、と思考が堂々巡りに陥った。

 菜々留は余裕めいた笑みを綻ばせる。

「考えてあげてもいいのよ? ナナル。PくんがSHINYをチャートの一位まで押しあげてくれたら……ふふっ、お礼もしなくちゃ、でしょ?」

 さすがに一位は無理だろう。それを踏まえて『僕』をからかっているだけのこと。

「じ、じゃあ……その時は菜々留ちゃんをさらっていっちゃおうかな」

「Pくん次第よ。頑張ってね」

 今は冗談という体にして、はぐらかす。

(ひょっとしたら菜々留ちゃんと……いやいや、里緒奈ちゃんだって……)

 悶々としていると、菜々留が恥ずかしそうに口を開いた。

「ね……ねえ? Pくん。今夜も、その……ナナルとシャワーデート、しない?」

 魅力的なお誘いに『僕』は生唾を飲む。

「あの場所で……今夜?」

「そうよ。今・夜」

 菜々留との関係も進展しつつあるのかもしれない。

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