第66話

 認識阻害の魔法はしっかり効果を維持しており、里緒奈が素顔を晒していても、誰もアイドルとは気付かない。

 里緒奈たちのほうが魔法に順応しているおかげでもあった。仮に『僕』から魔力の供給が途切れても、一日くらいなら持つはず。

 『僕』は安心してデートに勤しむ。

 当然、里緒奈がストラップを買いに直行するはずもなかった。

「Pクン、見て見て! タメにゃんのグッズがあんなに!」

「う~ん……僕にとってはライバルなんだよね、タメにゃん。被ってるってゆーの?」

「また対抗意識ぃ? はいはい、Pクンが一番カッコいいってば」

 何度も寄り道しては、無邪気な瞳を輝かせる。

 里緒奈も年頃の女の子、特に洋服には興味があるらしい。四月の半ばとなると、売り場もすっかり春物一色だった。

(僕はいつも全裸だからなあ……う~ん)

 我ながら自分の変態ぶりにげんなりとする。

 入浴以外はぬいぐるみの姿でいるため、『僕』が服を着ることは稀だった。手持ちの洋服も少なく、今日も面白味のない恰好で里緒奈の隣を歩いている。

 里緒奈のほうはバッチリめかし込んでいるのに。

 この有様では申し訳なくなってきた。

「ねえ、里緒奈ちゃん。Tシャツも見て行かない? 何枚か欲しいんだ」

 遠慮がちに提案すると、里緒奈は前のめりの勢いで頷く。

「じゃあね、リオナがPクンにぴったりの選んであげる! Pクンも裸でうろうろしないで、おしゃれしなくっちゃ」

 ほかの客が『エッ?』と慄いた。

(誤解されちゃったかなあ、今の……)

 訝しげな視線を背中に感じつつ、『僕』は里緒奈と一緒に次の店へ。

 しかし里緒奈が嬉々として持ってくるTシャツは、プリントの文字が『健康第一』だの『焼肉定食』だの。明らかに『僕』をオモチャにして遊んでいる。

「どっちがいーい? Pクン。両方買っちゃう?」

「もうちょっと、こう……ビビッドな方向性で頼めるかな」

「え~? ビビッドなPクンって、何それ~」

 一通りのショッピングを終える頃には、もう3時近くになっていた。『僕』たちはS女でも話題のクレープ屋へ寄り、公園のベンチで一休み。

「落とさないようにね」

「リオナ、そんな子どもじゃないってば」

「怒っちゃった? ごめん、ごめん」

 自惚れるな、と自分に言い聞かせながらも、『僕』は恋人同士の甘い一時を堪能してしまった。里緒奈も『僕』にべったりと寄り添い、1センチと離れようとしない。

 自然と『僕』が彼女の肩に腕をまわす姿勢になる。

 里緒奈が食べかけのクレープを『僕』の口元へ近づけてきた。

「Pクン、リオナのも食べてみる?」

「え? えぇと……でも」

「もお。こーいうのは素直に応じるものなのっ」

 こちらは躊躇うものの、いたいけな上目遣いが有無を言わせない。

「はい。あーん」

「あ、あーん……」

 観念しつつ、『僕』はおもむろに口を開けた。イチゴ味らしいが、動揺のせいでよくわからない。わざとらしくそっぽを向き、無言で咀嚼する。

「あはっ、クリームついてるよぉ? Pクン」

 不意打ちで頬をぺろっと舐められた。

 危うく自分のクレープを落としそうになりながら、『僕』は目を見開く。

「り、里緒奈ちゃん? 今……」

「サービス。男の子のPクン、優しくってカッコイイんだもん」

 里緒奈は照れ笑いを綻ばせた。そして『僕』に寄り添いながら、本音を吐露する。

「いつものPクンも、その、頼りになるけど……。SHINYが大人気なのって、Pクンがプロデューサーのお仕事、頑張ってくれてるからでしょ?」

 『僕』もプロデューサーとして正直な気持ちを彼女に打ち明けた。

「逆だよ。里緒奈ちゃんが頑張ってるから、力になりたくて……魔法の修行なんて、本当はどうでもいいんだ。もっと……ステージの里緒奈ちゃんを応援したくってさ」

「Pクン……」

 互いに視線を吸い寄せられ、見詰めあう。

 クレープで口元を隠しつつ、恥ずかしそうに里緒奈が囁いた。

「サ、サービス……特別にもっと、してあげよっか?」

「え?」

「だから……今夜、ね? 日曜日だけど、お風呂で待ってて。エヘヘ」

 まだデートは終わらないらしい。


                  ☆


 その夜、『僕』は約束通りお風呂で待っていた。

 里緒奈がこそこそと脱衣所に入ってきて、前回と同じようにパジャマを隠す。そのシルエットを見るだけで、早くも胸が高鳴った。

(今夜も一緒にお風呂だなんて、里緒奈ちゃん……本当に?)

 しばらくして、スクール水着のアイドルがタイル張りの浴室へ入ってくる。

「お待たせ、Pクン」

「う、うん……」

 今夜の『僕』は前ほど遠慮しなかった。里緒奈の艶めかしいスクール水着姿をしげしげと眺めては、ごくりと生唾を飲む。

 その熱い視線には里緒奈も気付いていた。もったいぶるように我が身をかき抱く。

「Pクンてば、そんな真剣に見なくったって……もぉ」

「ごっ、ごめん。つい……」

 昼間のデートで新鮮な恋人気分を味わったせいか、『僕』も里緒奈も明らかに相手を意識していた。同じ湯舟に肩まで浸かっていると、沈黙さえ甘い。

 お湯の中で里緒奈の手が伸びてきて、『僕』の腕を掴む。

「今日もPクンの背中、リオナが流してあげるね」

「じゃ、じゃあ……お願いしようかな」

 『僕』がお湯を出ると、後ろで里緒奈も続いた。しかしスポンジは取らず、ボディーシャンプーを、ずぶ濡れのスクール水着へと垂らす。

「……里緒奈ちゃん?」

「い、いいから……Pクンはじっとしてて?」

 そして揉むように軽く泡立てながら――『僕』の背中へ、ぎゅっと。

「ちょ、ちょっと? 里緒奈ちゃん、さすがにこれは……」

 心臓がバクバクと鳴りまくった。

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