第65話
何しろデート自体が初めてで、本当は右も左もわからない。里緒奈の手前、とりあえず格好をつけながら、頭をフル回転させる。
(こんなことなら、もっと予習しておけばよかったよ……桃香ちゃんと一緒の時は基本、ぬいぐるみだったし。そ、そうだ、彼氏は車道の側を歩くんだっけ?)
すでに車道の側が彼女で、わずかな知識を実践することもできなかった。
魔法もろくに使えないため、周囲の視線が気になる。
(SHINYのアイドルってバレて……ないよね?)
いつまでも大通りにいてはまずい。早くどこかに入りたかった。
手頃なクレーンゲームを見つけ、『僕』はくいっと里緒奈の腕を引く。
「こっちのゲーセンで遊ぼうか」
「うん。Pクン、可愛いの取ってくれる?」
彼女の受けは上々。
けれどもゲームセンターに足を踏み入れるとともに、『僕』は失敗を自覚した。
『僕』とて人並みにゲームはプレイするものの、それはあくまでビデオゲームに限った話。クレーンゲームのような景品ゲームはろくに経験がない。
しかし里緒奈は『僕』の事情など露知らず、おねだりしてくる。
「あのペンギンさんとか……ウサギさんもいいなー」
逆立ちしても『僕』には取れそうになかった。初心者には獲物が大きすぎる。
かといって『無理だよ』とも言えなかった。里緒奈は期待に満ちた上目遣いで、『僕』の男心を煽りまくってくる。
「Pクン、ウサギさん! リオナ、ウサギさんが欲しいの! お布団の中で抱っこしたら絶対、気持ちいいよね」
断崖絶壁を背にする心境で、『僕』は声を上擦らせた。
「だ、抱っこなら……僕がいるよ。里緒奈ちゃん」
途端に里緒奈は頬を赤らめる。
「え? そ、それって……リオナがPクンを抱っこして、一緒に……?」
とんだアプローチになってしまい、またもや慌てる羽目に。
「そっそうじゃなくて! ぬいぐるみとして、ゲーセンの景品に負けられないんだ」
取ってつけたような嘘になってしまったが、里緒奈はほっと表情を緩めた。
「な……なぁんだ、対抗意識? Pクンってば、もお~」
ふたりきりのせいか、どことなくやり取りがチグハグになる。
とはいえ気まずさはなかった。『僕』のほうも彼女に何かが伝わりきらなかったことに安堵しつつ、甘いムードを楽しむ。
「あっちで一緒にゲームやろーよ、Pクン」
「もちろん。望むところだ」
体感式のレースゲームも、人間の身体なら手足が届かないこともなかった。里緒奈と隣合わせでハンドルを握り締め、レースに挑む。
「わ、あわわっ?」
カーブに差し掛かるたび、里緒奈は腰を浮かせた。ハンドルではなく身体を傾けたりして、慣れない操作に悪戦苦闘する。
「お先~」
「ま、待ってよぉ? Pクン」
その間に『僕』はコースを一周。最初のコースだからなのか、そう難しいコーナーもなく、順調にトップを追いかけていく。
結局、里緒奈のほうは走りきれずにタイムアウト。
「もう一回! 次はPクンの車でやるもん」
「いいよ。よーし」
次のレースも似たような結果になった。
「またPクン、リオナのこと見捨てて行ったあー」
「そういうゲームだし……」
しかし里緒奈は笑みを絶やさず、楽しそうに再戦を申し込んでくる。
(アイドルだって、普通の女の子だもんな……)
ステージで高らかに歌うアイドルの里緒奈と、ゲームではしゃぐ休日の里緒奈が一瞬、だぶって見えた。どちらの彼女も、あどけない笑顔が可愛い。
「そぉだ、Pクン! プリメ撮ろっ」
「あれかあ……もちろん」
里緒奈が嬉々として指を差したのは、写真をその場でシールにできる、定番のプリントゲームだった。ユーザーの大半は女子で、昔から根強い人気を誇っている。
「んーとねぇ……」
男子の『僕』には操作方法がわからないので、里緒奈に任せることにした。さすが今時の女子高生、てきぱきとペンを動かし、撮影まで進めていく。
「もっと寄って、Pクン! エヘヘ」
「はいはい」
年下の懐っこい彼女ができたら、こんな感じ――そう思うと悪い気はしなかった。
『僕』たちは耳と耳がぶつかるくらい密着して、プリメを撮影。できあがったシールは里緒奈に多めに分ける。
「菜々留ちゃんたちには見せられないね。Pクンもだめよ? 秘密なんだから」
「う、うん……わかってるよ」
その後もゲームセンターで遊び倒すうち、お腹が空いてきた。正午をまわり、日曜日のレストランはどこも繁盛している。
『僕』と腕を組みながら、里緒奈はカントリー調の喫茶店を指差した。
「Pクン、あれ! あのお店、すっごく可愛くって美味しいの!」
「じゃあ、お昼はあそこにしようか」
窓際の席が空いていたこともあって、『僕』たちはその店でお昼を済ませることに。
向かいあって席につくと、周囲の視線は気にならなくなった。『僕』はお手軽サイズのピザ、里緒奈はサンドイッチのセットと、それぞれ飲み物を注文する。
さすがランチタイム、料理はすぐに運ばれてきた。
ケータイでその写真を撮りながら、里緒奈が八重歯を光らせる。
「ちょっと交換してよぉ、Pクン。ピザも食べたいの」
「そうだね。取っていいよ」
その頃には『僕』も大分、落ち着いていた。
午前中は初デートに身構えていたものの、相手は気心の知れた女の子。天真爛漫な里緒奈と遊ぶうち、『僕』のほうも自然体になってくる。
ランチの量を抑えめにしたのは、スイーツに備えてのこと。
「あとでクレープ食べようね、クレープ!」
「はいはい。……っと」
食いしん坊の頬にピザのソースを見つけ、『僕』はティッシュを取り出す。
「ついてるぞー」
「どこ? 拭いて、拭いて。……ン」
デートというより、歳の離れた妹をあやしている気分になった。
もちろん本物の妹(美玖)は顔にソースをつけたりしないし、『僕』に拭かせることなど絶対にしない。そんな美玖に比べると、里緒奈は隙だらけで少し不安になる。
「次はどこに行こうか?」
「お買い物かなー。ゲームセンターでぬいぐるみは取ってくれなかったから、何かプレゼント! リオナ、新しいストラップが欲しいんだけど……だめ?」
里緒奈のいとけない瞳が『僕』をまじまじと見詰めた。相変わらず甘え上手な妹分に、ころっと騙されてやることにする。
「それくらいなら構わないよ。ストラップだけでいいの?」
「Pクンも! お揃いにしよっ」
コーヒーで一服して、午後はショッピングへ。
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