第61話

 そのうえで『僕』と密会を提案。

 月曜と木曜はお風呂で合流して、お喋りしよう――と決まってしまったのだ。

 早くも今夜はお風呂デートがある。

 それは里緒奈も意識しているはずで(いくら『僕』がぬいぐるみとはいえ)、アイコンタクトに含みを込めていた。

(アイドルとお風呂の約束だなんて……)

 抵抗はあるものの、『僕』とて菜々留や恋姫に正体を知られたくはない。当面は里緒奈に調子を合わせることに決めた。

 平日の朝は早い。間もなく三人は隣のS女子高等学校へ。

 朝一で体育はないので、『僕』は家事がてらプロデュースの仕事を進める。

 もちろんプロデューサーとして、ケータイくらいは持っていた。

「もしもし~。衣装についてなんですけど……」

 SHINYのメンバーとSNSでやり取りすることもある。

『次のライブ用の衣装、できたってさ』

『やったあ! さすがPクン、頼りになる~』

『授業中でしょ!』

『恋姫ちゃんも読んでるじゃない』

 そんな中、作ったばかりのホットラインに通知が来た。里緒奈とこっそり連絡を取りあうためのもので、少し緊張する。

『今夜の水着、リクエストある? リオナが着てあげよっか?』

『そーいうのはいいから!』

 からかわれただけ――と頭ではわかっていても、ひとりでに胸が高鳴る。

 まるで恋人同士のコミュニケーション。彼女イナイ歴が年齢とイコールの『僕』は、ワクワクせずにいられなかった。

(そ、そうだよ。気分だけ……気分だけ)

 仕事の手を休めては、里緒奈のアイドルぶりを思い出す。

 里緒奈はSHINYのセンターにしてムードメーカー。天真爛漫なキャラクターは多方面で大いに受け、『妹にしたいアイドル』ランキングでは四位をマークしていた(一位~三位はパティシェルが占めているので、敵うわけがない)。

 そんな人気アイドルと秘密の関係。

 優越感と背徳感とがない交ぜになって、『僕』を高揚させる。

「あ~~~!」

 胸の疼きを堪えきれず、ぬいぐるみの『僕』はごろごろと床を転がった。

 しかし一分後には我を取り戻し、自分の浅はかな妄想に辟易とする。

「……ないか。里緒奈ちゃんは僕のこと、異性として意識してるわけじゃないし……」

 気を取りなおし、仕事を再開。

 下着以外の洗濯物を干したら、授業のためにS女へ。


 お昼休みは里緒奈たちのクラスでお弁当を食べるのが、恒例になっていた。『僕』がSHINYのプロデューサーであることは、生徒も知っている。

 『僕』の背丈では机に届かないので、妹の膝に乗せてもらうことに。

「世話の焼ける兄さんね。まったく……」

「リオナが代わってもいいよ?」

「大丈夫よ。軽いから」

 学校のほうは五月後半の期末試験まで、これといった行事もなかった。しかし生徒会は今のうちから体育祭、さらには秋の文化祭に向けて動き出しているのだとか。

 生徒会役員の美玖が肩を竦める。

「文化祭はSHINYにライブして欲しい、なんて話も出てるんだけど……」

「ナナルはいいわよ。学校のみんなに観てもらえる機会って、なかなかないもの」

「でも事務所と相談しないことには……ですよね? P君」

 菜々留や恋姫もプロらしくなってきた。

 SHINYの結成当初はまだまだ仲良しグループの遊び感覚だったが、最近は実績を別にしても、マーベラスプロで評価が高い。これで世界制服が軌道に乗れば、いよいよトップアイドルの仲間入りも現実味を帯びてくる。

 またマーベラスプロとしても、SPIRAL一強という今の状態には危機感を抱いていた。ナンバーワンさえ売れれば済むほど、芸能事務所の経営は簡単ではない。

 だからこそ、SHINYには大きな期待が寄せられていた。

 プロデューサーとして『僕』はメンバーに提案する。

「文化祭の件は僕のほうで詰めておくよ。ところで、夏は色々と企画があるんだけど……お仕事の合間にみんなで海なんて、どうかな?」

「えっ、旅行?」

 里緒奈が瞳を輝かせた。

 菜々留も穏やかな笑みを弾ませる。

「それって美玖ちゃんも一緒に? Pくん」

「うん。美玖もマネージャーってことで、関係者扱いだから」

 当然、この面子で妹だけ除外するわけがなかった。『僕』と美玖はそこまで仲のよい兄妹ではないものの、こうして一緒にお昼を食べるくらいの接点はある。

 ただ、恋姫はすぐに乗ってこなかった。疑り深い視線でぬいぐるみの『僕』を睨む。

「何かまた変なこと考えてるんじゃないですか? 旅行に行ってみたら、実はエッチな企画だったとか……」

 これには『僕』も物言いをつけた。

「心外だなあ。ほんとにフツーの旅行だよ。ほら……僕の目を見て」

 ぬいぐるみならではの愛らしい瞳で、恋姫を見詰めてやる。

 キラキラキラ――と。

 すると恋姫は悔しそうに歯噛みしながらも、美玖の膝から『僕』を取りあげた。

「そ、そんな目をしたって騙されませんよ? まあ一考はしますが……」

 そして自分の膝にちゃっかり『僕』を座らせる。

 里緒奈が甲高い声をあげた。

「あ~っ! 恋姫だけずるい! リオナにも抱っこさせてよ」

「そ、そーいうんじゃないったら! レンキはただ……」

「うふふ。Pくんったら人気者ねぇ」

「可愛いのは外見だけで、中身は兄さんなのよ?」

 聡明な妹は溜息を漏らす。

「じ、じゃあ旅行は海ってことで……二泊三日くらいで、ゆっくりしようか」

「兄さんは水着、どうするの?」

「まだまだ先のお話よ? 慌てることないわ」

 その後も旅行の話で盛りあがっていると、同じ一年三組の女の子が近づいてきた。

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