第6話

 現場ではタヌキのイネーガーが暴れていた。

「これが私のおいなりさんだ! 触る子はいねぇーがー!」

「キャアアアアッ!」

 禁断のネタを披露しつつ、街を恐怖のどん底に陥れる。

 ひとびとの悪意がヌイグルミを母体として実体化したのだろう。イネーガーの怪光線がジムの更衣室を貫通し、着替え中だった女性会員は甲高い悲鳴をあげる。

「そこまでよ!」

 そんな彼女らの危機にこそ、クリミナリッターが駆けつけた。

 いの一番にリオナが飛び出し、エンゲルフリーゲル(剣)でイネーガーに斬りかかる。

「んもう、こっちはお兄様と勉強中だったのに……」

「勉強なんてしてなかったでしょ? リオナは」

 レンキも華麗な宙返りでモンスターの頭上を取り、ルンタタロットを仕掛けた。ルンタとは地雷の意味、カードの絵柄によってさまざまな効果を放つ。

「吊るされ人のカード!」

 イネーガーの身体がくるんと逆さまになった。

 そこにナナルが鞭の連発を叩き込む。

「ちょっぴり痛いけど、我慢してちょうだい? アリスティアリボン! シュート!」

 クリミナリッターたちの一気呵成の連携に晒され、イネーガーはたじろいだ。

「チャンスよ、リオナ!」

「オッケー!」

 リオナのエンゲルフリーゲルにエネルギーが収束していく。

 ところが、それより先にイネーガーに仕掛けるシルエットがあった。全長が五メートルは優にある大剣を軽々を持ちあげ、イネーガーに目掛けて振りおろす。

「キュート・ツェアシュテーラ!」

 タヌキのモンスターは一撃で真っ二つになり、塵と化した。遅れてきた『僕』がそのネーグを回収し、モンスター騒ぎは収束する。

 しかし観衆はいつものように喜ばず、唖然としていた。

「き、君は……?」

 『僕』もリオナたちも目を丸くして立ち竦む。

 イネーガーにとどめを刺したのは、新たなクリミナリッターだった。

 目元を隠す、マジシャンのようなアイマスクが目を引く。

「クリミナリッターがもうひとり? だ……誰なの? お兄様」

「ぼ、僕にも何がなんだか……」

 四番目の美少女戦士――彼女もまた爆乳をひっさげ、アイマスクの中から『僕』にだけウインクを向けた。

「これからはこのクリミナリッターキュートにまっかせて? お兄ちゃん!」

「……え? お、お兄ちゃん……?」

 クリミナリッターキュートはひらりとバク転し、青い空へと消える。

「ま、待ちなさい!」

 レンキが追いかけるも、すでに彼女の姿は見当たらなかった。

 『僕』の後ろで殺気が炎のように揺らめく。

「お兄ちゃんって、どーゆーことぉ? お・兄・様……」

「お姉ちゃん、感心しないわ。いつの間にあんな妹、作っちゃってぇ」

 『僕』は死さえ覚悟した。

「あ、あのぉ……妹を作るのは母さんたちであって、僕は無実なんですけど……?」

「懺悔は終わりましたか? お兄さん」

 レンキにも背後を取られ、ご機嫌斜めな美少女戦士に囲まれる。

 週末はケーキをご馳走する羽目になってしまった。


                   ☆


 街の補修などの後片付けを済ませて、『僕』は司令室へ戻る。

「遅くなっちゃったなあ……」

 里緒奈たちは宿題を切りあげ、先に帰ってしまった。夏の陽は長いものの、余所の部活動もそろそろ終わる頃合いで撤収を始めている。

(あの顔つき、どっかで見たような気も……う~ん)

 突如現れた仮面の美少女戦士、クリミナリッターキュート。彼女の正体や目的を突きとめるのも、とりあえず明日以降となった。

 体育館を出たところで、大変な忘れ物を思い出す。

「しまった! 里緒奈ちゃんの……だよな? このパンツ……」

 こっそり返すつもりが忘れていた。

 ただ、このショーツが本当に里緒奈のものである確証はない。ひょっとしたら菜々留の悪戯という可能性もあった。もしくはありえない因果律の変動を経て、恋姫のパンツが偶然、紛れ込んだのかもしれない。

「ここのロッカーに返却するのも、事件になりそうだし……あ、あれ?」

 ところがC等部の校舎を抜ける途中で、『僕』の魔力に異変が生じた。プリンの変身が解け、素っ裸で女学院の廊下に放り出される。

「げえええええっ?」

 この感覚は憶えがあった。

両親に連れられてマギシェヴェルトに行った時、魔法禁止区域とやらで、同じように変身が解けた経験がある。つまり、これは何者かが張った罠。

(一体、誰が? なんとかしないと!)

 魔法を無効化されては、もはや認識阻害も役に立たなかった。しかも変身解除の際、着衣の転移にずれがあったのか、『僕』は女子校の廊下に丸裸で立ち竦む。

(こんな状況、変態しか喜ばないぞ……?)

 おまけにプリンだった時に興奮した分のフィードバックで、『僕』のモモモはビンビンだった。妹の学校で『僕』は声にならない声をあげる。

(タッタタ、タスケテー!)

 命懸けのデスゲームが幕を開けた。

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