第7話

 L女学院のC等部・生徒会の面々はその日も遅くまで活動していた。

 名門校だけに来賓や遠征も多く、スケジュールは二ヵ月先まで埋まっている。それでも生徒会長・真冬の日々は充実していた。

 生徒たちからは頼りにされ、教師からも一目置かれている。

 おまけに母譲りの美貌とスタイルを兼ね備え、才色兼備の名を欲しいままにしていた。K等部への推薦も確定しつつある。

「お疲れ様、真冬さん」

「ええ。桜子さんもお疲れ様でしてよ」

 学院生活は順風満帆。ただ、刺激が少ないことだけが不満だった。

 女学院では夢に描いたような出会いもない。

 いつか白馬の王子様と――そんなことを本気で考えることもあった。しかし女子校は女子校、百合の花は咲けど、人並みの恋が始まりはしない。

 そのはずが、廊下にはひとりの男性がいた。カーテンをマントにして悠々と佇む。

「え……?」

 条件反射としてケータイを手に取ったものの、動くに動けなかった。この世のものとは思えない彼の『異様』を目の当たりにして、無意識のうちに息を飲む。

 なぜか彼は女性用のパンツを頭に被っていた。

 不意にカーテンが剥がれ、ありのままの姿が曝け出される。

 あまりの美々しさに真冬は呆然とした。

「お嬢さん。僕に会ったことは、忘れてくれるかい?」

「え……え、ええ」

 喩えるなら、ミケランジェロのダビデ像。ミロのヴィーナスも該当するだろう。裸体は破廉恥などというのは、それこそ低俗な発想なのだと実感させられる。

 名残惜しくも美の化身は去り、少女だけが残された。

「……ハッ?」

 真冬は我に返り、応援を呼ぶ。

「お、男です! 裸の男が校内をうろついてます! 大至急、捜索を!」

 何しろ鉄壁の防衛網をくぐり抜け、L女学院に史上初めて『男』が侵入したのだ。パンツを被っていたことからして、すでに生徒が被害に遭っている可能性も高い。

 しかし真冬のほかに数名の生徒が目撃するも、彼の足取りは掴めなかった。のちにヌードの男には『パンツの王子様』なる異名が与えられ、捜索はなお続行されることに。

 L女学院は第一戦闘配備につく。


 九死に一生を得た。

 『僕』は全力で廊下を駆け抜け、魔法禁止区域を脱出する。

「ふ~! ど、どうなることかと……」

 プリンの姿に変身さえすれば、助かったも同然だった。

 魔法禁止区域で認識阻害の魔法を発動させるには、極端な恰好で強烈な印象を与えるほかない。パンツを被り、あえて裸を見せつけたのは、全身全霊を賭したもの。

里緒奈のパンツを穿いてやる手もあったが、それだけは思い留まった。

お兄ちゃんとして、絶対に踏み越えてはならない線はある。

 安全な自宅に駆け込んでから、次こそ『僕』はちゃんと変身を解いた。玄関で尻餅をつき、ぜえぜえと息を切らせる。

「人生の終わりかと……危ないところだった」

「どうしたの? 兄さん。そんなにバタバタして……」

 そこへ妹の美玖がやってきた。

 『僕』は汗を拭いつつ、肩越しに振り向く。

「ごめん、ごめん。ちょっと走ってきて……もう夏だもんな」

 ところが不意に美玖の顔が強張った。

その視線の先にあるものを見て、『僕』も大失敗に目をひん剥く。

 お兄ちゃんの手には愛らしいピンク色のパンツ。

「ど、どうして……どうして兄さんが私のパンツ持ってるのよ! バカッ!」

「んぶっびゃらぶ!」

 変態の横っ面に妹の平手打ちが決まった。


                  ☆


 妹の友達にちょっかいを出しているという疑惑もあって、兄の評価は地に落ちる。

(里緒奈ちゃんのじゃなくて、美玖のパンツだったのか……)

 夕飯のオムライスにはケチャップで『しね』と書かれた。

 もし『僕』が生粋のマゾだったら、妹の辛辣な言葉にも無上の悦びを見い出せるのだろう。しかし『僕』の性癖はまだ、受けだの責めだのの粋に達していない。

ただ、美玖がスクール水着を着ていたら――軽蔑の言葉であれ受け入れられる自信はあった。どうも『僕』はクリミナリッターのせいで、妙なコス癖に目覚めつつある。

そして週末。妹たちのお泊まり会のため、『僕』はケーキを調達させられる羽目に。美玖への謝罪も兼ねて、豪勢なガトーショコラにしてやった。

イネーガーを掃討すると、マギシェヴェルトから報酬が出る。こちらの通貨で支給され、その額はそこいらのアルバイトの比ではない。

しかも税金が引かれたり、年度末には確定申告も義務付けられていた。ちょっとした収支の勉強にもなる。

ケーキを冷蔵庫に入れたら、『僕』は自分の部屋へ。

 はしゃぐ妹たちをよそに、趣味や娯楽に興じる休日らしい昼下がりとなった。

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