第3話

 そもそもの発端は『僕』や美玖が生まれる前のこと。

 両親は海外で仕事と聞かされていたが、実際はそうではなかった。父は魔法の世界マギシェヴェルトから来た魔法使いで、こちらの世界の母と結婚。今も向こうで暮らしつつ、ふたつの世界の均衡とやらを保っている。

 ところが両親は結婚の許しを得るため、マギシェヴェルトの女王と約束してしまった。

 将来生まれることになる子どもを『聖騎士』にします、と。

 マギシェヴェルトの力はこちらの世界に悪影響を及ぼすことがある。そのひとつがイネーガーであり、異界の魔物は大きな脅威となりつつあった。

 それに対抗するには、聖騎士が欠かせない。そのために『僕』は生まれる以前に運命を決定づけられ、この世界で最初の聖騎士となった。

しかしマギシェヴェルトの掟で、男性は魔法を攻撃に使ってはならなかった。また想定外のアクシデントもあって、『僕』は妹の友達に力を分け与えることに。

里緒奈たちは自らを『クリミナリッター』と名乗り、僕に代わって、イネーガーの脅威からひとびとを守っている。イネーガーを倒せるのは、同じくマギシェヴェルト由来の力を有するクリミナリッターのみ。

ただ、妹の美玖はこのことを知らなかった。

『僕』の意向もあって、美玖にはすべてを秘密にしてある。

「――よし、と。これでバッチリ!」

 パワーの補充や武具のメンテナンスを終え、『僕』はプリンの姿で一息ついた。

 胸のサイズもいくらか戻り、菜々留が席を立つ。

「そろそろ美玖ちゃんも目を覚ますんじゃないかしら~?」

「それじゃあ、れんきたちは戻りますから。ほら、里緒奈も立って」

「ええ~っ? お兄様も一緒に映画……」

恋姫に背中を押され、里緒奈も渋々と部屋を出ていった。

「ふう……」

 ひとりになってから、『僕』は男子の姿へ戻る。

 ここからが後始末の本番だった。

ズボンを降ろし、モモモ(自主規制)をぐっと握る。

「心頭滅却……明鏡止水!」

『僕』には妹たちには話すに話せない、とんでもない秘密があった。

魔法の世界マギシェヴェルトの影響で、こちらの世界ではたびたびイネーガーという怪物が出現する。その魔物の正体は、ひとびとの悪意ことネーグ。

 しかしクリミナリッターがイネーガーを倒したところで、ネーグが消滅するわけではなかった。ネーグは一時的に『僕』が吸収し、抑え込む。

 これを完全に消滅させるには、ほかならない『僕』自身が悪意を発散――すなわちイケナイことをしなくてはならなかった。

 今も同じ屋根の下に彼女らがいるというのに。

 だからこそ、背徳感が興奮に拍車を掛けるのかもしれない。

「里緒奈ちゃん、恋姫ちゃん、菜々留ちゃん……ご、ごめん! けど……はぁはぁ!」

妹たちに謝り倒しながらも、『僕』はせっせと自家発電に励む。

「ぼ、僕はみんなのスクール水着が……ア~~~ッ!」

 この罪深い所業だけが、『僕』の中のネーグを完全に滅してくれた。

 そう、これはイネーガーの脅威からひとびとを守るためのもの。

「はあ……はあ……」

 浅はかな快感を求めてのことではないのだ、断じて。


                  ☆


 両親が不在がちなのをいいことに、妹の美玖はしょっちゅう里緒奈たちを家に呼ぶ。別に『僕』が呼んでいるわけではない。

 恋姫や菜々留もL女学院が近いことから、この家にお風呂セットなどを置いていた。それぞれ親は魔法で誤魔化しているらしい。

今朝も『僕』は机の引き出しを確認し、ピンク色のパンツを回収する。

恐るべき罠! 自分の部屋にこっそりと隠された地雷!

悪戯好きの里緒奈あたりが仕込んだのだろう。優等生肌の恋姫にでも見つかったら、また『僕』の株は下がる。

 ましてや、妹の美玖に知られたら――。

「……? おはよう。兄さん」

 そんな時に限って、『僕』は実の妹と鉢合わせしてしまった。

 反射的に里緒奈のパンツを背中に隠し、どぎまぎする。

「お……おはよう、美玖。今日は早いな?」

「いつも通りだけど……」

 ただでさえ美玖は最近、この不出来な兄を怪しんでいた。

学業成績は中の中、目立った特技もなければ、特徴もない。そのような兄が自分の友達と、何やら陰でコソコソしているのだから。

その一方で、妹の美玖は成績優秀、スポーツ万能。水泳部のみならず生徒会でも役員を務め、上級生や教師からも全幅の信頼を寄せられていた。

(ほんとに僕の妹なのか?)

 容姿も端麗にして、天然モノの巨乳が目を引く。

妹の膨らみはC等部生の女子の規格から明らかに逸脱していた。クリミナリッターほどではないにせよ、名実ともにL女学院の一位と噂される。こんな妹がいる、とクラスメートが知ろうものなら、『僕』はその日のうちに処刑されかねない。

 けれども兄妹の関係は淡々としていた。

「朝ご飯、作っておいたから」

「あ、ああ……うん」

 ひとつ屋根の下に住んでいるとはいえ、互いに余所余所しくなってしまう。

里緒奈や菜々留がいないと、ろくに間も持たない。美玖は脇目も振らず、すたすたと先に階段を降りていった。

 別に喧嘩しているわけでもない。年頃の兄妹など、こんなものらしい。

「……僕も学校、行かないとな」

 そんなことを考えるうち、『僕』は忘れてしまっていた。

 ポケットの中に今、里緒奈のパンツがあることを。

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