第47話 走れ幼馴染!!

 俺は急いで空港に向かう。


 思えば恋愛教は俺を空港には知らせる為、俺に浴衣を着せなかったのかもしれない。


 考えすぎか……。


 1時間かけてセットして来た髪型は向かい風で崩れる。


 花火大会が行われた会場から空港までは車でおよそ30分。立地を理解できていない俺が走っても2時間はかかるだろう。


「くそ、遠すぎだろ空港! 沖縄ってもっと小さい島かと思ってたぜ」


 息が乱れ、呼吸ができない。更に言えば季節は夏。外の気温は30度を優に超える。


 汗は全身から滝のように流れ、俺の体から水分が失われて行く。人間の80%は水分で出来てる、と言われるが、今の俺の体には50%も無い、そんな気分である。


 何故……、なぜ俺はここまでして光子の彼氏と話に行っているのだろうか……。


 そもそも俺にとって光子とはどういう存在なのか。


 自分でもハッキリしないままノンストップで走り続けた。


 ああ、やっぱり俺、陸上やっておくべきだったなぁ。


 そして、約2時間15分かけ空港に辿り着いた。


「はぁはぁはぁ……国光先輩はどこに……」


 息を吸い込もうとしても思うように行かない。気道が痙攣を起こしているようだ。


 酸素が足りず、足に力が入らなくなった俺は、空港の入り口にある椅子に座り込んだ。


 周りを見渡しても人影1つ無い。それもそのはず、時計の針は夜中の2時を指している。


「国光先輩、まだ空港にいるはずなんだけどな……」


 俺は携帯で国光先輩に電話をかけるが、留守番電話サービスになってしまう。


 クソ! なんで出てくれないんだ!


 しばらくして、自分の呼吸を整えられるにまで落ち着いた。


 そして立ち上がり、俺は迷子センターに行く。


「あの、すいません。迷子のアナウンスかけて欲しいんですけど」


「お名前は?」


「平吉 国光でお願いします」


「弟さんですか?」


「あっ、はい! そうです」


 弟ってよりむしろ兄だけど……。


 お姉さんが迷子のアナウンスをかけてくれる。


 国光先輩、来てくれればいいけど。


 しばらく待っても音沙汰がない。


「もう一度アナウンスしてみますね」


「はい、お願いします」


「ええー、東京からお越しの平吉 国光君、お兄」


「すいません! 僕です! 平吉国光です!」


 平吉先輩は慌てた様子で迷子センタに現れた。


「え、大人じゃない……」


「ありがとうございます、お姉さん」


 俺は迷子センターのお姉さんにお礼を言った後、国光先輩と空港のベンチに腰掛けた。


 国光先輩は俺が空港に来ている事にはあまり驚いていないようだ。


「やっぱり恋次君が来たんだね」

 

 やっぱり? 国光先輩はいつものように、のんびりとした穏やかな口調と笑顔で話している。


「師匠、って呼んでくれないんですね。俺結構気に入ってたんですよ、師匠ってあだ名」


「ふっ、もう恋次君は僕の師匠じゃないからね。いや……前からか」


 俺は国光先輩から目を逸らさず、真剣に話を進める。


「国光先輩、単刀直入に言います、なんで光子を振ったんですか?」


「……」


 国光先輩は数秒間黙りこんだ。


「答えてください先輩!」


 先輩を怒鳴るなんて、最低な後輩だな俺って。


 つい感情を露わにしてしまう。


「……答えてください、なんで振ったんですか、かい?」


 国光先輩は逆質問のように切り返してくる。


「はい! 理由を聞かせてください!」


「それを君が聞くのかよ!? 君が一番わかってるんじゃないのか!?」


 国光先輩の怒鳴り声は人気のない空港のエントラスに強く響き渡る。


 初めて聞く、国光先輩の怒鳴り声に俺が一瞬、ビクッとしてしまう程だった。


「光子を振った理由だと!? むしろ僕は振られた気分だよ!! それもずっと前、僕達が付き合い始めた頃から!!」


 国光先輩は感情を剥き出しにして、俺に話す。


「恋次君はまだ光子の、いや恋次君自身の気持ちに気づいていないのか!?」


 俺自身の気持ち……?


「そ、それはどういう……」


「はぁ、全く。君は恵まれているよ、望んで無い物が勝手に手に入るんだから!!」


 俺は国光先輩の言っている意味が理解できなかった。


 むしろ俺が望んでいる、平凡な日常は奪われているぞ?


「いや、君は自分が望んでいる物すら理解していないのか……」


 だから俺が望んでいるものは、平凡な……。


 この時、俺は平凡な生活の想像をしようとして、何故か毎朝光子にされていた、恋愛教勧誘の授業が思い浮かんできた。


「君はなんで今、この空港にいる? なんで光子の代わりに2時間以上も掛けて空港に来た!?」


「そりゃあ、光子が国光先輩に振られたって言うから……」


「それでここまで、君が話に来たのか? なんで?」


「光子が泣いてたし、理由を知りたかったからです。国光先輩が俺の幼馴染を振った理由が」


「恋次君、1つだけ教えてあげよう、君と光子は幼馴染の関係を超えてる! どこからどう見てもね!! 君達は、君達自身でその事に気づけていないんだよ!!」


「そ、そんな事は無いっす……」


「あるよ!! 彼氏の前でも恋ちゃん恋ちゃん。前に僕が恋次君の家で悩みを聞いてもらった時も言ったろう? 2人きりの時も恋次君の話をよくするって」


「それは、ただ俺があいつと仲良いだけじゃないっすか」


「だから言ってるだろ!! 君も、光子も、君達の関係を全然分かってない!」


 国光先輩は感情に触れたのか、涙を流している。


 この涙は光子と別れた悲しさなのか、それとも俺に対する怒りなのか。俺にはわからない。

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