第38話 特別だ、と言ってほしくて。

「ちょ、瞳ちゃん!! 何を!?」


「今世の恋次君には関係のない事よ……」


 瞳ちゃんは目を閉じて、ナイフを自分の首に向けた。


 ま、まじかよ……。


 とりあえず知恵袋に『目の前で自殺。止め方』これでよし。


 って現実逃避すんなオレェーー!!


 どうしようどうしようどうしよう!!


「バイバイ、恋次君」


 瞳ちゃんは勢いよく、ナイフを自分の喉元めがけて突き刺す。


「……ってぇ。バカな事しないでよ」


 俺の手の平はザックリと切れ、鮮やかな赤色の液体が、ナイフを蔦ってポタポタと地面に垂れる。


「……、ど、どうして、止めるの!?」


「俺が、瞳ちゃんに死んでほしくないからだ」


「そ、そんな事して、私が死ぬ罪悪感から逃れるつもり!? 私は恋次君の心の中で生き続けるのよ! 恋次君が一生私を忘れないように。さっさと死なせてよ!!」


 涙ながらに瞳ちゃんは死を懇願している。


「罪悪感? 心の中で生き続ける? 何言ってんだよ……、瞳ちゃんは、これからも、俺の目の前で生き続けるんだ。だから死なせない」


「……、で、でも……、でも私は! 私は恋次君の特別な存在になりたいの!! そう思ってこの10年間生きて来たの!!」


「瞳ちゃんは俺にとって、もう十分、特別な存在だ。だから、俺は死なせない」


「……う、う、ゔぁぁぁぁぁん」


 瞳ちゃんは膝から地面に崩れ落ち、握ったナイフを離して大声で泣いた。


 そんな彼女が泣き止むまで、俺はずっとナイフを握りしめながら、見守っていた。


「どうして。どうして恋次君は私を怒らないの?」


「どうしてって。俺が瞳ちゃんに怒るところなんてある?」


「だ、だって。ストーカーまがいの事して、沖縄で偶然装って出会ったり、海でナンパされてる雰囲気出して助けにきてもらったり。今だって、私の代わりに恋次君が血を流してる……」


 あ、ストーカーって自覚あったんだ。よかった。


 俺の感性は少し鈍ったようだ。


「だって、それは俺の事が好きだからした行為なんでしょ? 俺は怒るどころかスッゲェー嬉しいよ」


「……、でも……」


「元気出してよ瞳ちゃん。俺、瞳ちゃんの天使のような笑顔が好きなんだ。たとえそれが作られたものだったとしてもさ」


 瞳ちゃんはゆっくり立ち上がり、天使のような笑顔を俺に見せた。


 その笑顔は、前とは違い、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔だったけど、今ままで見た瞳ちゃんの笑顔の中で、一番可愛かった。


「それにしても、なんで瞳ちゃんは俺の事が好きになったんだ?」


「小学校の頃ね、私、犬が苦手だったの。でね、ある日、学校から帰ってる途中に大型犬に吠えらた私は泣いちゃって、その時に助けてくれたのが恋次君だったんだ。それから、2歳年下だったけど好きになっちゃって」


 そんな事あったっけ? というより、そんな事でここまでのメンヘラに進化したの!? 女の子って怖。


「ありがとね、恋次君。特別って言ってくれて」


「あ、ああ。で、でもその特別は恋人としてではなく」


「わかってる。でも、ありがと」


「!!」


 瞳ちゃんは俺の唇に、彼女の唇を合わした後、また忍者のように走ってどこかへ消え去って行った。


 俺は瞳ちゃんの行動に動揺しながらも、瞳ちゃんを追う事はしなかった。誰しも1人で泣きたい時もあるだろうから。


 ヤッベェー、瞳ちゃんのキスゲットー! メンヘラ? だからどうした! あんだけの美少女だぞ? 一生の自慢だろ!


 ありがとうラブコメの神様!! 感謝感激です!! 


 それから別荘に帰っても瞳ちゃんの姿はなく、俺は疲れて眠りこけた。


「ふぁぁぁぁぁ……。げっ! もう12時回ってんじゃん! ヤバ! 皆に記憶戻ったこと伝えないと」


 ……、瞳ちゃん今頃なにしてるんだろう……。


 リビングに降りると誰もいない。ああ、買い出しか?


「ちぇっ、俺を置いて行きやがって。情のかけらもない奴らだな」


「恋次君の記憶が戻ったお祝いで、買い出しに行ったんだから、許してあげて。私が皆んなに伝えちゃった。ごめんね!」


 ひ、瞳ちゃん!?


「お、おはよう瞳ちゃん……。も、もう元気出たの?」


「うん。昨日はごめんね、取り乱しちゃって」


 いつもと変わらない瞳ちゃんが俺の前にいる。昨日の事は夢だったのか?


「それと、前に私がプレゼントした指輪、あれ……、『死ぬまで愛を育む』って呪いかかってるから! 改めて、よろしくね!」


 瞳ちゃんはとびきりの笑顔で手の甲を俺に見せてきた。


 薬指には、俺とお揃いの赤い指輪。


「は、はは、ははは……」


 ラブコメの神様へ。僕はあなたを一生恨みます。死ぬ時は一緒です。

PS、これ以上勧誘してくるようでしたら法的措置を取らせていただきます。


 誰か、誰か俺を……、この地獄から解放してくれぇーーーー!!!


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