第36話 初恋の人は極度のメンタルヘルス。
俺はこれ以上他の人に瞳さんの情報を聞いても無駄だと思い、次の日、本人に直接尋ねる事にした。
「あ、あの瞳さん、話したい事があるから2人きりで話しませんか?」
昼食時、俺は瞳さんと話す約束をした。
「もちろん! じゃあご飯食べたら海でも見に行く?」
「お願いします」
常に笑顔をふり撒く瞳さん。その笑顔の裏には嘘ばかり、それを知っている俺は彼女の笑顔が能面に見える。恐怖すら覚えた。
「それで、話したいことってなに?」
俺と瞳さんは、人気が全くない海辺のテトラポットに座り、話を進めた。
「あ、あの……、俺と付き合ってる、って嘘ですよね?」
「何言ってるの? 昨日キスまでしたじゃん。記憶喪失で信じられないかもしれないけど、本当の事……」
「学君から聞いたんです! 俺と瞳さんは交際関係にないって!」
「他の皆んなは知る訳ないじゃん。再開して1週間で付き合った、ってなったら変な目で見られるかもしれないから内緒にしておこう。って」
嘘だ、この人は何で眉1つ動かさずにこうも堂々と嘘がつけるんだ。
「そ、そうだったんですね……」
「まだ信じられないなら、私の全て、見せてあげてもいいよ?」
瞳さんはTシャツをめくりあげ、綺麗なくびれとヘソを俺に見せてくる。
「い、いや。それは大丈夫です……、信じます」
「そう? でも恋次君が怪しがるのも無理ないよね。記憶を失って、私との思い出も全部消えちゃったんだから」
何でそんな笑顔で嘘を言うんだ? 瞳さん、あなたは一体何がしたいんだ……。
「じゃ、じゃあ、俺と沖縄で出会ったのは……、偶然ですか……」
「!!」
瞳さんの顔が少し動揺を見せた。
「少しおかしいと思うんですよ、偶然の出会い方が」
「ど、どう言う意味恋次君? 教えて?」
「瞳さんは、夕日を見にこの島に本島からフェリーに乗ってきたんですよね? 帰りはどうするつもりだったんですか?」
「それは勿論フェリーで帰る予定……」
「でも、その日のフェリーが出港する最終時刻は夕暮れ時、瞳さんはそれなのに、港から遠い別荘の近くを歩いていた。これは不自然すぎますよ」
「わ、忘れてたのよ! 私、夕暮れに見とれちゃって……」
「じゃあ最後に1つ。10年ぶりに会った俺に、よく気づきましたね」
「そ、それは当たり前よ! 私は昔、恋次君に告白する程、恋次君が好きだったんだから……」
「俺の小さな頃の顔、覚えてますか?」
「あ、当たり前でしょ!?」
「昔の俺と今の俺、こんなにも違うのに?」
俺は携帯の写真を瞳さんに見せた。
まじまじと写真を見つめる瞳さん。
「懐かしぃー! この時から私が恋次君の事が好きだったのよ!」
またこの人は嘘を重ねるのか。
「その写真、俺じゃないです。学君の小さい頃の写真です」
俺は学君に、彼の幼少期頃の写真を転送してもらい、その写真を瞳さんに見せたのだ。
「え……」
「何で、嘘ついたんですか」
「う、嘘なんて……」
「俺と瞳さんは付き合ってないですよね?」
瞳さんがこんな嘘をつく、その心理を俺は聞きたかった。
その結果、彼女を苦しませる事になったとしても。
「俺は記憶を取り戻したくなったんです。だからお願いします。真実を話してください……」
「……、やよ」
ん? 今なんて?
「……、いやよ。いやいやいやいやいやいやいや!! 絶対に嫌!! 恋次君、記憶なんて取り戻さなくてもいいじゃない! 私と、私ともう一回やり直そう!?」
大きな声で、俺の襟を掴みながら瞳さんは叫んでいる。
その瞳さんの表情は、眼光をカッ、と開いて、口角の上がり方は尋常じゃない。
彼女の感情を言葉に表すとするとすればそれは……、憎悪、嫉妬。
「私怖いの、恋次君が記憶を取り戻したら、またあのビッチに取られるんじゃないか? って。だからお願い? 私だけの物になって?」
こ、怖い……。なにを言ってるんだこの人は。あのビッチ? 私だけの物?
おそらく瞳さんは極度のメンヘラだ。俺を好きすぎるあまり、俺のことを人間ではなく、『物』として捉えている。
「ひ、瞳さん! 落ち着いてください!」
「ねぇ、私を信じて? 私と恋次君は付き合ってたの。でも記憶は取り戻さなくていいよ? もう一度、愛を育みましょ?」
瞳さんは思い込みだけで、俺と付き合ってる、と妄想していたのか。
「とにかく! 記憶を失くしている俺じゃ、瞳さんとは付き合えない! だから記憶を取り戻してから……」
「……して、どうしてよ!! 子供の頃から大好きで、沖縄に来てから、恋次君にいつでも会えるように、ずっとおかっぱにしてたのに! 高校生になってからは自分でお金貯めて、東京にも何回か行った。でも……、でも毎日、家の前で待っていても、現れるのはビッチと一緒にいる恋次君だった」
ビッチって、幼馴染の光子さんの事か。
「彼氏がいたって恋ちゃん恋ちゃん! あのクソビッチは小学校の頃もそうやって私の恋次君を奪って行ったわ!」
情緒不安定な状況の瞳さんは泣き叫ぶように、自分の思いの丈を俺にぶつけてくる。
「だから、私は大学の知り合いに貸し別荘の優待券をもらって、恋次君の家のポストに入れた。あのビッチから恋次君を、夏休みの間、引き離すために!」
それで俺は沖縄にいたのか。学君たちに俺が沖縄に来た理由聞いてなかったから今はっきりした。
でも、この話が本当なら、瞳さんって、相当なストーカーなんじゃ……。
記憶を失う前の俺はそんな人に恋心を抱いていたのか?
「なのに……、なのに沖縄で出会ってみれば、あのビッチはまた! また、恋次君にひっついてやがった!! なんでよ、なんで私はこんなに恋次君を愛しているのに……!! なんで恋次君はあのビッチを捨てないの!?」
そ、そんな事今の俺に言われても。
瞳さんはものすごい力で俺の胸ぐらを掴む。
その拍子に俺はテトラポットから海に落ちてしまった。
イッテェー!! テトラポットの石ってこんなに硬いのかよ!? 頭から血出てないよな?
テトラポットによじ登り後頭部を触るが、血は出ていない。
「ご、ごめん恋次君……」
「大丈夫」
「……、私の本性を皆んなに伝えて。私はもう、ここにいる資格はないから。でも……」
「別に伝えないよ……、瞳ちゃんの気持ちはわかったから」
「え!? れ、恋次君?」
「俺は瞳ちゃんを知らない間に傷つけていたんだ、お互い様だ」
「れ、恋次君もしかして、記憶が……」
「うん、戻った」
今、この場に俺と瞳ちゃんしかいない状況で、俺の記憶が戻った事は偶然か、はたまた恋愛教の差し金か。ただ1つだけ言えることがある。
それは……、何この超絶修羅場!!!
おーい!! 早く、早く記憶消えろぉー。今すぐ消えてなくなってぇー!?
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