第35話 彼女の正体は。

「じゃ、じゃあ記憶を無くす前の事も聞けたし、学君とも話さないといけないから、もう行きますね。ありがとうございました」


 恐らく彼女は、俺に嘘の過去を話すために部屋に呼んだんだ。一体何のために……。


 俺は他の誰かに瞳さんと俺が付き合っているのか、と聞くことはしなかった。なぜなら俺は記憶を無くしているから。


 学君はいい人、それはわかっている。ただ、だからと言って何でも相談できる訳ではない。学君からすれば、俺は前と変わらない親友かもしれないが、今の俺からすれば、3日前に会ったただの他人。


 今日来れなくなってしまった俺の両親も、今の俺からすれば初めて会う他人だ。


 俺は誰の言葉を信じればいいのかわからない。それが記憶喪失になるということだ。


 これから出会う全ての人間が俺にとっては初対面の他人。たとえそれが家族や恋人だったとしてもだ。


 つまり俺は、これから自分の手で、記憶を取り戻さなければならない。ただ、俺にはその勇気がまだ出ない。だから学君にも瞳さんのことは聞かない。


「俺は今の友人関係を切って、新しい、全員が初対面の人達と生きて行った方が楽なんじゃ」


 記憶を無くす前の俺が友人とどんな関係性で、どんな人物だったのか。


 それを瞳さんの様に嘘で固められてしまっては、誰も信じる事は出来なくなってしまう。


 ならいっその事、これから今までに会った事のない人達と新たな関係を築いた方が生きやすのではなかろうか。


 孤独を感じ、今まさに心が孤立している俺は、1人、砂浜で座って夕焼けを眺めていた。


「こんな所にいた! 恋ちゃん何してるの! 夜ご飯の時間だよ!」


 光子さん、こうやって俺に良いかっこするのは、過去の俺と何かあったから何じゃないのか?


 俺は人間不信になり始めている、いや正確に言えば友人不信だ。


「あ、ああ。今はお腹減ってないから大丈夫です。声かけてくれてありがとうございます」


「……、あっそ」


 光子さんは呆れて別荘に帰って行った。


 俺だってこんな態度は取りたくない! でも……、でも、誰も信用出来ないんだ! 


 夕日が沈んで行くのは綺麗だった。海に反射した太陽は、半分隠れていても反射した海と繋がってまん丸に見える。


 俺の記憶も今の夕日と同じだ。前の記憶を持つ俺が、海に沈んで行く真実の太陽と言うのならば、今の俺は海に反射する現実には無い太陽。


 俺と言う存在は、なぜ生まれてきてしまったのだろうか。


 夕日が沈み辺りが暗がりに包まれてからも俺は砂浜に座っていた。


 すると俺の隣に誰かがドカっと座る。


「ねぇ、恋ちゃん今、『ああ、何で俺は生まれてきたんだぁー。俺は孤独だぁー」って思ってるでしょ」


 俺の核心をついたのは光子さんだった。


「な、何でわかったんですか?」


「ふっふっふー。私は魔術師なのだぁー」


「すいません、頭おかしい人だったんですね」


「ぐっ! そ、そう言う所は記憶を失くしても同じなのね」


 そう言う所、がどう言う所かはわからないけど、光子さんが自分を魔術師と勘違いしている中二病さん、って事はわかった。


「しばらく1人にさせてくれませんか? 今はあまり、人と関わりたく無いので。すいません」


「嫌だよ」


 光子さんは即答した。


「え? どうして」


「だって幼馴染だもん」


「……」


 光子さんは俺の幼馴染だったのか。これも嘘かもしれないけど。


「そうですか。でも今の俺からすれば、光子さんは3日前にあった人ですよ。幼馴染じゃありません」


 光子さんと俺がいくら長い時間を共にしてきたとしても、今の俺とはもう幼馴染じゃ無い。


「ん? なに言ってんの? 恋ちゃんが記憶喪失になって、新しい恋ちゃんが生まれたなら、その誕生に同席した私は幼馴染じゃん」


「!!」


「それにさ、幼馴染ってだけじゃないよ? 私が恋ちゃんを1人にしたくない理由」


「……」


「信じてないでしょ?」


 信じるも何も、俺はもう、光子さんが知ってる宇都宮恋次じゃ……。


「じゃあ証明してあげるっ!」


 そう言った光子さんは、俺の頬に軽く口付けをして、スタスタと走って砂浜を後にした。


 俺の頭はポァーっと、海の上に浮かぶヨットの様にフラフラとした気持ちになった。


「……、これって。どう言う事?」


 光子さんには彼氏がいて、俺はただの幼馴染で、でも光子さんが俺を1人にしたくない理由は幼馴染、って以外にも理由があって、最後にキス。


 わからない、記憶喪失になる前の俺はどんな生活を送ってたんだ! 


 瞳さんにはキスを許可され、光子さんには頬にキスされ、お、俺ってどんな存在だったの!?


 俺には記憶を取り戻す勇気がない、これは事実だ。だが、それと同時に俺はとんでもなく、過去の自分に興味が湧いた。


 俺は部屋に戻り学に、記憶喪失になる前の俺と瞳ちゃんの関係について聞く。


「学君、俺って瞳さんと付き合ってるんですか?」


「記憶喪失だからって、事実を捻じ曲げるのはいかんぞ恋次」


 やっぱり、瞳さんは嘘をついてた。でもどうしてあんな嘘をつく必要があるんだ?


「じゃあ、前の俺って、瞳さんの事どう思ってたか知ってます?」


「そりゃあもう溺愛、って感じだったよ。机の上にある赤い指輪、それ瞳ちゃんに恋次が貰ったプレゼント。海に行った理由も、プレゼントのお返しするお金が必要で行ったんだから」


 俺は瞳さんからプレゼントを貰ったのか……、って溺愛!? 今日のキス、俺の記憶が戻った時、俺は悶え死ぬんじゃ。


「瞳さんに何かおかしいな、って感じた事はありましたか?」


「なんか探偵の調査みたいになってきてない? 医者も言ってたけど、そう焦って記憶を取り戻そうとすると、人格が崩壊するらしいから気をつけてよ?」


 もうすでに人格崩壊、人間不信だから大丈夫ですぅー。


「別に調査、って訳じゃないけど……、一応知りたいんです」


「うーん、瞳ちゃんにおかしいと思った事ねぇ。あっ! そう言えば、瞳ちゃんは本島に実家があるのに、何故か恋次と再開したその日から、この別荘に泊まったんだよ」


「それのどこが不思議なんですか?」


「だって普通、小学校の頃よく遊んでた2個下の男の子と10年ぶりに再会したからって、そいつとその日のうちに、共同生活なんて始めなくない?」


 確かに……。


「それに瞳ちゃんは、この島に来た理由が『夕日を見に来た』って言ってたけど、夕日を見終わる頃には本島に出発する船は無くなっちゃうんだ」


「それは確かに気になりますね……」


 俺はそんな事にも気づかずに、瞳さんをホイホイと、別荘に泊めたのか? 相当なバカだったんな俺って。


「それくらいかな不思議に思ったことは」


「ありがとうございます!」


「もしかして瞳ちゃんに恋して、瞳ちゃんの事をもっと知りたいとか? 『記憶が無くなってもまだ、あなたの事が好きです』ってやつかな? 本当恋次はラブコメの王様だなぁ」


 学君が言ってる意味はわからないけど、これではっきりした。


 やっぱり瞳さんは怪しい。怪しすぎる。


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