第34話 嘘で固められた彼女。

「あの……、お話って……」

 

 俺は瞳さんに呼ばれ、瞳さんの部屋を訪ねた。


「まぁ、入ってよ」


 瞳さんの部屋に入るとほんのりと甘い、いい香りがした。


「恋次君、ごめんなさい!」


 瞳さんは俺が部屋に入ると当然、謝罪して来た。


 当然俺は何が起こっているのか分からず、脳が混乱する。


「ど、どうしたんですか急に……」


「恋次君の記憶喪失は私のせいなの!」


 え!? ど、どう言う事だ? 俺は瞳さんに何かをされて記憶を失った、って事?


「記憶を無くす前、恋次君は海で知らない男の人にナンパされてる私を助けて……」


 ああ、なるほど。それ以降の話は聞かずとも理解できる。助けた男たちに暴行を振られたのだろう。


 俺って意外とかっこいい事する奴だったんだな。


「それで、私怖くて……、その場から立ち去って、すぐに助けを呼びに行ったんだけど、間に合わなくて……」


「だったら瞳さんのせいじゃないじゃないですか。そんな謝らないでください。むしろ謝るのは男達の方なんですから」


「……、でもっ、でも私が海にさえ行っていなければ、こんな事には……」


 瞳さんは涙を流しながら、負い目を感じている。ただ、俺には彼女の涙が、本心が、真実には見えなかった。


 瞳さんの目の奥は、どこか暗い、闇の中にある気がして、それが今の自分を見ているようで俺は寒気を感じる。


「瞳さん、もし良ければ、記憶喪失になる以前の俺と瞳さんの関係を教えてくれませんか」


 俺は心の中で、瞳さんは嘘にまみれた少女だと思っている。ただ確信は無い。だから少し知りたくなった、記憶を無くす前の俺は、瞳さんをどう思っていたのか。


「記憶を、取り戻したくなったの?」


 瞳さんの目からは徐々に涙が消え、目をこすりながら、上目遣いで俺との関係を話してくれた。


「私と恋次君は、小学校の頃よく一緒に遊ぶ仲だったの。でも私が小学校高学年の時に沖縄に引っ越す事になっちゃって、それから私と恋次君は1度も会ってなかった」


「じゃあ、何で今、俺と瞳さんは一緒の別荘に?」


「たまたま会ったのよ。買い物帰りの恋次君と坂道ですれ違って、私が声をかけたの。恋次君は名前聞くまで、私の事思い出してくれなかったけど!」


「ご、ごめんなさい」


「でも嬉しかったなぁー。恋次君に10年ぶりに会えて」


 10年ぶり……。


 やっぱりこの人……。


「あ、あの1つ変な事聞いていいですか?」


「何でも聞いて! あ、でもエッチな質問はやめてよ?」


 胸を隠しながら瞳さんは言った。


「あの、10年前、沖縄に飛ぶ前日、瞳さんはどんな髪型してましたか?」


「髪型? うーん……、確か小さい頃はずっとロングヘアーだったかな?」


 やっぱり! あの写真のオカッパ少女は瞳さんじゃないんだ。なら誰なんだ?


「もしかして10年前の記憶が戻って来たの? あの時私、恋次君に告白したんだぁー。そしたらね、恋次君『俺には好きな人がいるから! 無理!』って断って来たのよ」


「そ、そうなんですか。それは嫌な過去を思い出せてしまって、すいません」


「いやいや、もう随分前の事だし全然気にしてないよー!」


 そう、なんだ、俺と瞳さんが最後に出会ってるのは……。それなのに、何で彼女は10年振りに会った俺が、一瞬すれ違っただけで、宇都宮恋次だって分かったんだ?


 携帯の写真フォルダに入っていた写真の俺は、結構ぽっちゃりしてて面影がゼロだったんだぞ。


「あ、あの因みに何ですけど、沖縄で再開してからの発展とかってありましたか?」


「発展……、あ!」


 瞳さんは頬を赤く染め、恥ずかしそうにしている。


「何かあった、って事ですね?」


「……、夜の森の中で、胸、触られた……」


「……」


 あー、俺って変態だったんだ。やっぱ記憶取り戻すの止めよ。


「で、でもそれも、わざとじゃ無いってわかってたよ? それに……」


「それに?」


「私たちんだし、それくらいは……」


「へ? あ、あの、今なんて? 俺と瞳さんが付き合ってる……?」


「う、うん。急に記憶を戻そうとするのは危険だから、しちゃダメ、ってお医者さんが言ってたからなかなか言い出せなかったんだけど。私たちは、恋人同士なの……」


「え、本当ですか?」


「うん、だから、私が恋次君にキスしたら記憶戻るんじゃない? ふふ」


 俺は本当に瞳さんと付き合っていたのか? 


「あ、あの……、じゃあ今、キスしてみてもいいですか?」


 俺は何を聞いているんだ、アホか。


「……、うん、いいよ」


 瞳さんはそっと目を瞑り唇を尖らせ、俺からのキスを待っている。


 ま、まじかよ……。


 俺はゆっくり瞳さんの唇に近づき、キスをした。


 柔らかい唇は俺の唇に吸い付くように、一瞬触れて離れただけで、大きめのリップ音が鳴った。


「記憶は戻った?」


 瞳さんは照れながら、ゆっくりと目を開ける。


「ごめんなさい。まだダメみたいです」


 記憶についてはさっぱり。ただ、俺が感じていた彼女に思う嘘の匂い。この正体は何となく掴めた気がする。


 俺には分かる。彼女は俺に嘘をついている。俺と瞳さんが付き合っていた、なんてありえない。付き合っていたなら、俺と学君が同部屋は可笑しすぎる。


 光子さんと国光さんみたいに、俺と瞳さんも同じ部屋になるはずだ。


 そもそも出会って1週間で付き合った、っていうのも不自然すぎる。


 彼女は一体、何者なんだ……。

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