第33話 俺にとっての記憶とは。

 はぁ、俺の記憶はどこにしまってあるのだろうか。俺は何者で、俺はどんな人物で、俺は何が好きで、俺は誰かと恋をしていたのだろうか。


 そんな事を考えて中々寝付けない。病院にいた時から俺の不眠症は続いている。


 目を閉じると真っ暗な闇が広がっている。俺はこの闇から抜け出す事は出来ないのではないか。俺に記憶を戻す勇気はあるのか。


 少し前の俺は、自分が記憶喪失になるなんて、夢にも思わなかっただろうな……。


「眠れないの?」


「学君。ごめん起こしてしまいましたか?」


「はは、大丈夫だよ。僕も眠れなかったから」


「俺は、怖いんです。記憶を取り戻すのが……。今の俺の中にある情報の100倍もの記憶が何か、ひょんな事をきっかけに蘇ったら、俺はどうなるのか、想像がつかないんです」


「記憶を無くしたら、そう言う感情になるんだね。僕はもっとこう、記憶を戻したい! って感じだと思ってたよ。映画やアニメの見過ぎかな」


「記憶があった時と、消えた時では、人に対する印象が変わると思います。だって相手は俺の事を知ってるから優しく接してくれる、けど俺はその相手の事を何も知らない。この矛盾が、俺が記憶を蘇らせる事に躊躇している理由です……」


「なるほどね。考えた事もなかったよ。ただ恋次に伝えたい事は、記憶を無くす前の恋次も、今の恋次も、言い方は悪いかもしれないけど、僕達にとっては同じ人物だ、だから、記憶が戻っても皆んな、今と同じように接してくれるよ」


 少し安心した。俺はイジメられていた訳ではないようだ。


「ありがとうございます。少しずつ、記憶を戻せればな、と思えました」


「それはよかった。明日は恋次の両親も来るし、安心して。おやすみ」


「おやすみなさい」


 結局俺は眠れなかった。


 夜中から豪雨になり、ザーザーと大きい音を立て降り続ける雨は、今の俺の心と同じように、無限に意味のない音を鳴らし続けた。


「おにーちゃんおはよう!」


「おはようございます恋歌さん」


「恋歌でいいよ。しかも妹に敬語って」


「ご、ごめんなさい恋歌さん。あ、恋歌……」


「はぁ、まぁいいや。それと、この豪雨で飛行機が動かないから、お父さんとお母さん今日中には来れないって」


「そうですか……、わかりました。報告ありがとうございます」


 俺は神様が記憶は取り戻すなと言ってる気がしてならない。


 俺が記憶を無くす前にイジメにあっていたんじゃないか、と思ったのには理由がある。それは携帯電話の写真フォルダには、俺と誰かが写っている写真は1枚、それも一番最初に取られた写真しかないのである。


 黒髪のオカッパと取られた写真……、これって多分、瞳さんだよな?


「あれ、恋ちゃん、写真フォルダ見返してるの? 記憶が戻る前の恋ちゃんは写真嫌ってたから、皆んなで写ってる写真は無いと思うよ?」


「あ、そうだったんですか。こんなに良い友人達と写真を撮らないなんて、俺はバカですね……」


「ん? その写真って……」


 携帯に映った俺と瞳さんの写真を見て、光子さんは何か思い当たる節でもありそうな顔をする。


「この写真に見覚えでもあるんですか?」


「へ!? あ、いや……、何でもないの! 私の勘違いだから!」


 光子さんは多分嘘をついている。でも、今の俺は詮索していい立場じゃないよな。


「そうですか……」


 雨が降る中、俺は学君に思い出の写真を見せてもらっていた。


「あ! そうだ! 今みんなで写真撮ろうよ!」


「え? どうして?」


「今の恋次を忘れない為に!」


 学君は全員をリビングに呼んで、ソファーに座った集合写真を撮る。


「みんな笑ってよー。10秒後にシャッター切れるから!」


 俺はぎこちない笑顔をする。


「はいチーズ!!」


 カシャっと言うシャッター音と共に、記憶をなくした宇都宮恋次の存在は写真フォルダに記憶された。


「はは、恋次もっと笑えよー」


「ご、ごめん。うまく笑えなくて……」


 やっぱり学君はいい人だ。


「ね、ねぇ恋次君、話があるんだけど……、後で私の部屋に来てくれる?」


「わかりました」


 昼ごはんを食べた後、俺は瞳さんの部屋に呼ばれた。


 話って何だろう。俺の記憶に関係する事かな?

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