第30話 店長は分かってる!?
バイト最終日、俺達のバイト代はこの日の売り上げにかかっている。そもそも、売り上げが低いのはどう考えても店長の経営方針による物だが、悔やんでいても仕方がない。
「どうせ今日もメニューは1つなんだ。なら、ただ待っていたって昨日と変わらねぇ、客引きに行くぞ学!」
「確かに恋次の目つきは悪いけど、全体的に見れば悪くない顔してるし、来てくれるかもね」
「お前だっていい顔してるぜ」
俺たちは互いを褒めあい、やる気を高めた。BLじゃないからな!!
「待てお前達! お前達が客引きに出たら、誰が料理をするんだ」
「……、店長?」
「ふっ、今日のメニューは知っているか?」
「知らないです!」
「……フランクフルトだ」
「それがどうしたって言うんですか?」
「学!! 客引きは止めだ! 料理に専念するぞ」
「恋次。どうしちゃったんだよ急に真剣な顔して」
学はまだ気づいていないらしい。1日目、2日目の客層が、光子と五十嵐が接客に出る時間帯より前は、水着ギャルが多いかったことを。
水着ギャルが俺達の目の前で熱々のフランクフルトを食べる、これを見ないでどうする!
「店長、今日の商品がフランクフルトだって事は、女子の制服は……?」
「もちろんロングTシャツに薄手のパーカーでエロ要素ゼロだ」
わかってる。この店長、やっぱり出来る人だ。今日の為にわざわざ男が寄って来ない制服をチョイスするとは。
「学! さっさとフランクフルト焼き始めるぞ!」
「本当、いきなりどうしたって言うんだ」
俺達は女子が来るまでの間、ひたすらフランクフルトを提供し続けた。
「フランクフルト2つ下さーい!」
「フランクフルト2つっすね! ありがとうございます!」
来た! 幸せ運ぶCにキュートなC! さぁ食え、俺の目の前で食え!
「あっちのパラソルの陰で食べよー」
……、まぁいい。この海に何人ギャルがいると思ってるんだ。
その後、何組かの水着ギャルがフランクフルトを買いに来たが全員どこかに移動してしまう。
「何故だぁ! 何故俺の願いはいつも叶わない!」
「なんでそんなにフランクフルト食べてる所が見たいわけ?」
「そ、それは……、あれだ。光子のせいで、中学の時に止まった、俺の異性への感情が、瞳ちゃんに出会って爆発したから、とでも言っておこう」
「はぁ、本当恋次はこの数日で変わったよね」
うるせぇ。そりゃあお前もだろ。
夏は子供を大きく大人へと成長させる。初体験を済ませる高校生の大半が夏休みに卒業式を上げている。
俺が成長したのか、それとも男子中学生に退化したのかは分からないが、確実に恋愛への拒絶、異性との交流の拒絶は無い。むしろ瞳ちゃんと付き合いたとすら思っている。
「フランクフルト2つ下さい」
「はいお待ち!」
「すっごーい! 出来立てじゃん!」
「出来立て美味しいですよ! すぐに1口目を食べて見てください」
「本当ですか? じゃあいただきまーす」
来たー! ついにこの時が! 俺の目の前で、水着ギャルがフランクフルトを……。
「おっすー、恋ちゃん! 今日もあんまり人いないねぇ」
俺は光子に背中を叩かれ咄嗟に後ろに振り向いてしまった。瞬時に前を見るがギャルは口をもぐもぐしている。
「本当だ! 出来立て美味しいです! ありがとうございます!」
「あ、アリガトウゴザイマシター」
ギャル達が去った後、店長を見ると親指を立て満足そうな顔をしている。
「あいつは絶対店を持つべき人間じゃないな……」
「僕もそう思うよ……」
2人の若者は店長の弟子を辞めた。
「恋ちゃん、今日は私たちが調理するから客引きして来てよ」
「え、でもお前らの方が客引けそうじゃね?」
「何言ってんの! 客引きついでに、恋ちゃんと、まなぶんがナンパされてる女子を助けてあげなさい。『ナンパされてる私を助けてくれた王子様!』って恋愛に発展するから!」
はぁ、始まった。こいつの恋愛脳には付き合いきれん。
「じゃあこうしよう」
俺は光子を調理場から連れ出し代わりに学を調理担当にした。
俺と光子が客引きで、学と五十嵐が調理担当。我ながら素晴らしいパスを出したと思う。サッカー選手になれたんじゃね?
周りにバレないように学にウィンクをすると、学は嬉しそうに微笑んだ。感謝してる、って意味だろう。
「恋ちゃんにしてはナイスアイディアだね」
「何がだよ」
こいつまさか学が五十嵐好きな事知ってるのか?
「スミレッチがまなぶんに興味ある事分かってたんでしょ? だから2人きりにしたんじゃ?」
俺は後退し、店に戻ろうとする。
「ちょちょっ、恋ちゃん! なんで店に戻ろうとするの!」
あいつら既に両思いだったの!? このままじゃ本当に学が沖縄にいる間に卒業式あげちゃうじゃん! なんださっきの最低なパス。サッカー選手は諦めますよ!
俺は学を応援する気はあるが、恋のキューピットにはなりたくない。なんか虚しいから。それに沖縄にいる間に付き合われたら尚更だ。
「いやぁー、意外だよねー。スミレッチがまなぶんを好きになるなんて」
「早く店戻ろうぜ。やっぱり学と客引きしたい」
「ダメだよ! あの2人の邪魔しちゃ」
俺は2人の邪魔がしたいの! 2人の中をチューペットみたいに真っ二つにしたいの!!
「なぁ、もう客引きしても意味なくね? 学に浮き輪でも膨らませさせようぜ」
「だ・か・ら!! 2人の邪魔しちゃ絶対にダーメ!!!」
こいつは五十嵐の恋愛を応援してるのか。彼氏持ちは心の余裕が違うな。
「わぁったよ」
どうせ今日付き合うなんて急展開は起きないんだ、いつか邪魔してやる。
そんな友情もクソも無いゲスな事を考えながら、俺と光子は客引きの為に砂浜を歩いては声をかけ続けた。
「あっちでフランクフルト売ってます! よければどうですか?」
「ああ、時間あったら行くよ」
お前らには時間しかねぇだろ。
大体やんわりと断る人が多いいが、たまには高圧的な態度を見せる人もいる。
「あ!? フランクフルトだ? そんなん今は食べたくねぇんだよ失せろ!」
俺だってフランクフルト以外の食べ物も紹介したいわ! でもフランクフルトしか売ってないんだもんー。店長がバカだから。
心の中で泣き叫びながら俺は一向に捕まらない客引きを続けた。
「恋ちゃん何人くらいのお客さん捕まえた?」
「あ? 0に決まってんだろ。お前もどうせ……」
「ふっふっふ。これが私と恋ちゃんの差かなっ!」
開いた口が塞がらないとはこの事だった。光子の後ろには行列ができている。某有名アイドルグループの握手会並みの大行列。
「光子! お前まさか自分の体を売って! そこまでして俺達の生活費を稼いでくれるなんて……、感動したよ! 俺、お前が幼馴染でよかった」
「本当!? って……、体なんて売ってないわっ! バカ!」
光子の平手打ちが俺の脳をグラグラと揺らした。
イッテェー。でもさすがだ。こんなに客を捕まえてくるなんて……。
光子は一旦店に戻り、客を斡旋した。
「なぁ光子、一体どうやって客の心捕まえたんだ?」
「そんなの簡単だよ。普通の会話をした流れで『店来ない?』でいいの」
なるほど……、むしろ最初から客引きだ分かっていたら身構えてしまうって事か!
「分かった。やってみるよ!」
「本当に分かってるのかなぁ?」
心配した顔で俺を見る光子をよそに、俺は人に話しかけに行く。
「ねぇねぇお姉さん達! どっから来たの?」
俺は自前の営業スマイル全開で水着ギャル3人に声をかける。
「地元から来たけど、え何、お兄さんちょっとイケメンじゃない!?」
「あ、本当? ありがとう。俺、最近沖縄に引っ越して来てこの辺の事あんま分からないから教えてくれないかな?」
「え、これナンパって奴? 超ウケんだけど」
何がウケるかのかは分からないが、かなりいい感じで話が進んでいる。これなら……、
「って言うのは冗談で、俺実は海の店でバイトしててさ。よかったら俺のフランクフルト咥えに来てよ!」
最後に渾身の爽やかスマイル! これは来た! 成功だろ!
「……、無いわー」
「キモ!」
「どっかいけよ変態」
あれ? 俺なんか間違った? 失敗? なんで?
俺はトボトボと歩いて光子のところへ今の何がダメだったのかを聞きに行った。
そして俺は何故か顔を5回殴られた。
「恋ちゃん本当最低! ありえない! お客さんを何だと思ってるの!?」
「たわわに実ったメロン」
そしてもう4、5回殴られた。
ああ、光子、もう、意識が……。
「お客様は神様! それくらい聞いた事あるでしょ!?」
はい出たー! お客様は神様! そんな考えの奴がうじゃうじゃいるからクレーマー、批判者が大量発生するんだよ
「何でお客様は神様何だよ?」
「そりゃあお金払って食べてくれるんだからしっかりとした対応をしろ、って事よ!」
まぁ殆どの人がそう言う返しをしてくるよな。
「じゃあ光子! お前は元旦に一年の祈願をしに神社に行くよな? それで神様に願うために小銭を入れる。だけど、それはつまり神様からしたら、お金をくれた光子が神様になる訳だから、本当の神様は願いは叶えなくていいわけだな?」
「……、んもう! 屁理屈ばっかり! じゃあ店長に聞きに行こう!」
ふん! 屁理屈上等。俺は一生、客を神様だとは思わねぇぞ。客と店員はイーブンであるべきだ、下も上も無い。人類皆平等ってよく言うだろ。
「てんちょー!! てんちょーにとってお客様とは何ですか? 神様ですよね?」
お、おい! その誘導尋問はせこいぞ!
「……、果実だな」
店長、俺やっぱりあんたの弟子になるよ。
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