第88話 君を守るため、目覚めた僕


「ラジオをお聞きの皆さん、私たち侵略者ではありません。人間です。『アップデーター』という名の侵略者になって、人類を『アップデート』するという夢を見ていたのです」


 ブースの中では、『コントロール・チップ』をつけられた『杏沙』が『アップデート完了宣言』を中断し、僕らのこしらえたシナリオを喋っていた。


「私たちは人類を侵略するという夢を封印し、元の平和な日々に戻らなければなりません」


 『杏沙』がスピーチを終えて一礼すると、あたりに沈黙が広がった。ぼくらは作戦が成功したかどうかを、不安と共に見守った。


 やがて見学者たちの間にざわめきが波のように広がり、「変な気分」「夢だったのか」という言葉があちこちで漏れ始めた。


「どうやら、うまくいったようだね」


 五瀬さんはほっとしたように言うと「これで安全に博士を目覚めさせられる」と言った。


 僕らはストレッチャーに横たえられた博士の周りに集まると、五瀬さんたちの作業を無言で見つめた。


「よし、どうやら状態は安置しているようだ。あとは目覚めさせるだけだが……いったい何が覚醒のキーになっているのかがわからないな」


 五瀬さんはそう言うと、戸惑ったような目を僕らに向けた。


「私、もしかしたら父の目を覚ますことができるかもしれません」


 沈黙の中、口を開いたのは杏沙だった。


「……この中に、父の好きな杏のリキュールが入っています。これを嗅げば、もしかしたら意識を取り戻すかもしれません」


 杏沙はそう言うと、小さな瓶を取り出した。いつも持ち歩いているのかもしれない。


「……おっと、ふたを開けるのは僕が離れてからにしてくれたまえ」


 杏沙が瓶を博士の顔の上に持ってきた途端、五瀬さんが慌てて釘を刺した。五瀬さんはわずかなアルコールでもひっくり返る体質なのだ。


「あ、ごめんなさい。……もういいですか?」


 杏沙は遠くからの「いいよ」という声を確かめると、博士の鼻先で小瓶のふたを開けた。


「……む……」


 ふわりとお酒の匂いが漂った途端、博士の閉じられていた瞼がゆっくりと開き始めた。


「……パパ、私よ。わかる?」


「……杏沙か?」


 七森博士はむくりと体を起こすと、娘の顔をしげしげと見つめた。


「よかった、生きていてくれて……」


 杏沙が抱きつくと、博士はぎこちない手つきで杏沙の頭を撫でた。


「ここは?……どうやら研究所でも奴らの『収容ベース』でもないようだが……」


「博士、ご安心ください。『アップデーター』たちの企みはすべては終わりました」


「……五瀬君!……それに四家君まで。……いったい、なにがあったのだ?」


 戸惑う博士に、僕らはこれまでのいきさつをかいつまんで話した。


「……これが、五瀬君のこしらえた身体か。少しひんやりしているが、確かに中に娘がいるのを感じるよ。随分、苦労してきたのだろうな」


 博士は杏沙の手をさすりながら言った。杏沙は目に涙を浮かべ「ううん」と首を振った。


「私、結構この身体、気に入ってるの。苦労もしたけど、楽しかったわ。……ね?」


 杏沙はそう言うと、僕の方を振り返った。僕が頷くと、博士が「……君は?」と尋ねた。


「はじめまして。真咲新吾といいます。身体を乗っ取られてからずっと、杏沙さんと一緒に『アップデーター』たちと戦ってきました」


 僕が自己紹介すると、博士は驚いたように目を見開き「そうか、君が……」と言った。


「ありがとう、杏沙のサポートをしてくれて。……何もかも私の責任だ」


「どういうことです?」


「実は『収容ベース』で眠っている人たちの中から、君を選んで脱出させたのは私なのだ」


「なんですって……」


「私は杏沙を脱出させた後、杏沙をサポートしてくれる同年代の子を一人、一緒に逃がすことにしたのだ。時間がない中、大勢の子供たちの中から顔と名前だけで一人を選び、意識体として目覚めさせたのだ」


「どうして僕を……」


 僕が尋ねると博士は「君の眼差しだよ」と言った。


「眼差し?」


「ほんの一瞬、画面上に現れただけだったが、君の目は何か新しい物を求める輝きに溢れていた。この子なら多少の困難にはへこたれないのではないか、私はそう直感したのだ」


 博士は僕の手を握りしめると「君も杏沙と同じ身体だね?娘を守ってくれてありがとう」と言った。僕は首を振って「守られてたのはむしろ、僕の方です」と笑い返した。


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