第87話 本当の僕を君だけが知っている
「公開放送をお聞きの皆さん、突然、中断して申し訳ありません。トラブルが発生したため、スピーチの人間を変更いたします。エグゼクティブ・リーダー『AZ』に代わり、これより時美地区リーダー、真咲が……」
「――やめろっ!」
僕は被り物を脱ぐと、思わず『僕』に向かって叫んでいた。
「……ほう、誰かと思ったら僕じゃないか。人類の最後にふさわしいゲストのご登場だ」
「これ以上、僕らの街を好きにはさせないぞ、偽者め」
僕が怒りに任せて叫ぶと、『僕』は「まだそんなことを言っているのか」とせせら笑った。
「幼いな、人間。そうまでして我々を退けて一体、なんになる?どのみち人類は遠からず自滅する種だというのに」
「確かに人類はあまり賢くないさ。でも、お前たちに支配されるよりはましだ」
「そうかな。我々を受け入れ、おとなしく支配される方が幸せだとは思わないか」
「……思わない」
「今、『アップデート』を中断すれば、すべてはゼロに逆戻りだ。後になってあの時、支配されていればよかったと思っても遅いんだぞ」
「後悔なんてしない、自分たちの運命は自分で決める。たとえ愚かでもそれが『人間』だ」
「……お前たちが選べる未来などない。……やれっ」
『僕』が号令をかけると観客たちが一斉に立ち上がり、僕に向かって詰め寄った。
「人間はただ、待っていればいいんだ。『アップデート』が百パーセント完了するのをね」
「あきらめるもんか。必ずお前たちの企みをゼロに戻してやる」
言葉とは裏腹に僕を囲んだ輪が逃げようもないほど狭まった、その時だった。
「――うわああっ」
突然、耳を塞ぎたくなるような不快音が響いたかと思うと、僕を取り囲んでいた『アップデーター』たちがばたばたとその場に倒れていった。驚いて周囲を見回すと、被り物を外した五瀬さんと四家さんが、ゴーグルをこちらに向けて立っているのが目に入った。
「――今だ!」
僕は勢いをつけて床を蹴ると、『僕』に飛びかかっていった。
「……うっ!」
僕に胸ぐらをつかまれた『僕』は、素早い動きで僕に足払いをかけた。僕らはテーブルと一緒に倒れると、屋上の床をもつれあいながら転がった。
「――いいことを教えてやろう。この『身体』は、元の人間の時より、我々が動かしている時の方が筋力も瞬発力も勝るのだ。同じ自分とはいえ、君が『僕』に勝つことはない!」
『僕』は僕の上に馬乗りになると、僕の首に手をかけた。
「しょせんは作りもの身体だ。本物にかなうわけはない」
『僕』の首を締める手に力がこもった瞬間、僕の中で何かが爆発した。この身体にだって強みはある。リーダーを気取ってふんぞり返っていたお前になんか、負けるものか!
僕は『僕』の手首をつかむと、最後の力を振り絞って起き上がった。
「あきらめが悪いぞ、人間」
「――そうとも、あきらめが悪いのが人間だ!」
僕は『僕』の手を首から引きはがすと、両腕を『僕』の背中に回してありったけの力で締め上げた。
「そんな攻撃が効くと思っているのか。……無駄なあがきはよせ」
「そうかな」
僕はアンドロイド・ボディから『ジェル』を切り離すと、頭部のハッチを開けた。
「……なにっ?」
僕はドローンの起動ボタンを押すと、エアーを出して空中に浮かびあがった。上空から僕と『僕』の頭が見えた瞬間、僕は思い切って『僕』の頭上へ飛び降りた。
「うっ!」
『ジェル』に戻った僕は『僕』の顔面にぺたりと貼りつくと、薄く広がって両目を塞いだ。
「――今だ、七森。『僕』の口のあたりを狙え!」
僕は『僕』の顔面に貼りついたまま、杏沙に向かって叫んだ。だが、杏沙はなかなか撃とうとはしなかった。ためらっているのだ。
「……いいから撃て、七森!こいつは僕に見えても僕じゃない!」
「――ごめん、真咲君っ」
杏沙の声と共に『ジェル』にしぶきが撥ねたかと思うと、「ううっ」という呻き声が聞こえた。
「……お前たち……後悔する……ぞ」
『僕』が捨て台詞を残して床の上に崩れると、僕はそのままずるりと下に滑り落ちた。
僕が力尽きて床の上でぐったりしていると、足音が近づいて来て誰かが僕を拾いあげた。
「七森……」
杏沙は僕を手の平に乗せると、被り物を取って僕を見つめた。
「真咲君……ごめんなさい」
「七森……君のおかげで助かったよ。ありがとう」
杏沙に礼を言った瞬間、僕は身体からエネルギーが急速に失われてゆくのを感じた。
「博士を……早く」
最後まで言い終わらないうちに、僕はバッテリーが切れるように闇に呑まれていった。
「真咲君……いままでで一番、格好良かったわ」
意識を失う直前、何かやわらかな感触が『ジェル』の身体に押し当てられたような気がしたが、残念なことに僕にはそれがなんだったのか、確かめることはできなかった。
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