第84話 君がいなけりゃ幕は開かない


「こちらがご依頼の品になります」


 トラックから降りてきた赤いつなぎの女性は、小さな箱を僕に渡すとにこやかに笑った。


「中身は偽造ID四点、ご注文は以上でよろしいですね?」


 美人の配達員――瞳さんはそう言うと、僕らに向かってウィンクをした。


「無理言ってごめんなさい。IDの話が出た時、真っ先に思い出したのが瞳さんだったんです」


 僕がそう言って頭を下げると、瞳さんは「いいのよ、これくらい。……それより、ちゃんと人類を救ってね」と言ってトラックに乗り込んだ。


 瞳さんが去った後、リビングに戻りかけた僕を突然、杏沙が呼び止めた。


「真咲君……ちょっと話があるんだけど、いい?」


「なんだよ、こんな玄関先で。話なら奥でゆっくりしようぜ」


 僕が口を尖らせると杏沙は急に真剣な眼差しになり、「今、ここで聞いて」と言った。


「今度の作戦、五瀬さんたちと私だけで行こうと思うの」


 思いもよらない提案に、僕は自分の耳を疑った。


「なに言ってるんだ、七森?みんなで力を合わせなきゃ、うまく行かないだろ」


 僕がまくしたてると、杏沙は何かをこらえるように目を閉じ、首を振った。


「もうあなたをこれ以上、危険な目に遭わせたくないの」


「なんだって……今まで散々危険なところを二人で乗り切ってきたじゃないか。今さら何、言ってんだよ」


「覚えてる?『収容ベース』に潜入する前のこと。動けなくなった私のために真咲君、危うく死ぬところだったじゃない。もうあんな思いをするのはいや。今回の計画だって、もとはと言えば私の父を救うためのものだし、あなたまで危険にさらされる必要はないわ」


 僕はショックで次の言葉が見つからなかった。喫茶店で幽霊として出会ってから、一緒に奴らから逃げ、ジェルになったり新しい身体に乗り込んだり、いつも僕らは一緒だったじゃないか。何で今さらそんなこと、言うんだよ!


「――いやだ」


「えっ」


「僕らは仲間じゃなかったのか、七森。それぞれの身体を取り戻すまで、ずっと一緒に戦うんじゃなかったのか!」


 僕は黙り込んだ杏沙を胸が張り裂けるような思いで見つめた。もちろん杏沙の気持ちは痛いほどよくわかる。でも、ここまで来たら危険なんて関係ない。僕らは最後まで一緒だ。


「……七森、僕には夢があるんだ。それを果たすまでは、絶対に死なない。だから一緒に行こう」


 僕の言葉に杏沙は目を丸くし、何を言ってるのという顔になった。


「夢?……夢って、何?」


「……この戦いが終わったら、僕の作る映画に主演してくれ」


「え、何言ってるの?女優なら……片瀬さんだっけ?あの子がいるでしょ」


 僕は即座に首を振った。


「ずっと前から決めてたんだ。次の作品の主演女優は七森にしようって」


「こんな時にそんなこと……あなた馬鹿じゃないの?」


「その馬鹿に何度も助けられたのは、誰だよ」


 僕が怒ってみせると、杏沙はうつむいて馬鹿、馬鹿と何度も呟いた。


「――いいわ。そのオファー、受けてあげる。……ただし、この街が元に戻って、私とあなたが自分の身体を取り戻したら、よ」


「そうこなくちゃ。身体を取り戻したら、すぐクランクインだ。キャンセルはできないぜ」


 僕が監督っぽく命令口調で言うと、杏沙は「本当、子供なんだから」と目尻を拭いながらとびきりの笑顔を見せた。


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