第83話 僕らの声がかき消される日


「ラジオ局?」


 久しぶりに訪れた五瀬さんの家の居間で、僕は思わず声を上げていた。


「どうして『アップデーター』たちがラジオ局なんかをアジトにしているんですか」


「この街に住む『アップデーター』たちに、一斉にある号令をかけるためさ」


「号令?」


「アップデートの完了と、この街から外に出て世界中の人間を乗っ取れという指示を、ラジオの電波とネットの配信を通して伝えるんだ」


「世界中の……」


「僕らは局に乗り込み、放送が行われるのをなんとしても阻止しなければならない。失敗すれば世界は奴らの物になる」


「博士はどうするんです?博士がいなければ奴らを追い払うのは難しいと以前、おっしゃってましたよね?」


 僕が問いをぶつけると五瀬さんは難しい顔になり、「もちろん助けるさ、でも」と言った。


「確かに本来なら博士の救出が最優先だが、こうなった以上、ボスを倒して放送を中止させることが先かもしれない。もたもたしているうちに放送が始まってしまったら、今までの努力が水の泡だ」


「でもどうやって放送を止めさせるんです?ラジオ局には敵がわんさといるんでしょう?僕らの武器と言ったら四家さんのゴーグルと、『ショックワーム』くらいしかありませんよ」


「それなんだが、実は君たちに見せたいものがある」


 五瀬さんはそう言うと、棚の上に飾ってあったマトリョーシカ風の人形に手を伸ばした。


「これは僕が研究室から去る時に、博士からもらったものだ。これを手渡すとき、博士は僕にこう言ったんだ。「君が私の元を去った後、私が行方不明になったり、この街に危機が訪れたりした時にはこれを開けるといい。その時、君に必要な物が出てくるはずだ」と。


「必要な物……?」


「君たちが来る少し前、今がその時だと思って開けてみたんだ」


 五瀬さんはそう前置くと、人形の身体を回してふたを開けるように分解し始めた。


「あれっ、何が入ってるかと思ったら、小さな人形が一杯入ってるだけじゃないですか」


 僕はどんどん小さくなる内部の人形を見ながら、ため息をついた。


「これが最後だ。……随分小さくなったが、この中に入っている物が博士のプレゼントさ」


 五瀬さんはそう言うと、数センチほどの小さな人形を開けた。中に入っていたのは、白い結晶のようなものが詰まった指先ほどの瓶だった。


「なんです、これ?」


「僕が研究所にいた時に博士が試作していたもので、ナトリウムの一種らしい」


「ナトリウム……?」


「こいつを水で薄めて敵に噴きつけると、体内にいる敵の意識が仮死状態になるんだ」


「敵って、『アップデーター』ですか?乗っ取られた人の身体に影響はないんですか?」


 僕が尋ねると五瀬さんは「もちろん、僕らには無害だよ」と言ってにっこり笑った。


「仮にこれで敵をやっつけられたとして、その後はどうするんです?放送をやめさせたとしても、街じゅうの人たちから『アップデーター』を追い出すには、奴らにおとなしくしていてもらう必要があります」


 瓶を手にした杏沙が、中の結晶を見つめがら言った。


「いい質問だね。そいつは奴らのボス自身にやってもらえばいい」


「奴らのボスに?」


「世界を支配しろという命令の代わりに、街中の『アップデーター』たちにある暗示をかけてもらうんだ。奴らにとってボスの指示は絶対で、一度、植えつけられたらボス本人が解除するまで解けないはずだ」


「……で、どういう暗示をかけさせるんです?」


「こう言ってもらうのさ。「君たちは『アップデーター』じゃない。自分を『アップデーター』だと思いこんでいた人間だ。思いこみをやめて、人間としての生活に戻りなさい」と」


「そんなこと奴らが言うはずないじゃないですか。とっておきの方法でもあるんですか?」


 僕が驚いて尋ねると、五瀬さんは「ああ、あるとも。これを使うんだ」と言って見覚えのある小さな装置を僕らに見せた。


「これは……」


「コントロール・チップという装置だ。元々は博士の元で働いていた助手の一人が作ったアンドロイド用コントローラーだが、人間にも応用できる。これを『ナトリウム弾』で意識を眠らせた敵のボスに取りつけるんだ」


 僕は半信半疑で得意げな五瀬さんを見つめた。そんなやり方で本当にうまく行くのか?


「暗示が無事にかかったら、あとは街の人たちから『アップデーター』の意識を吸い出して、『収容ベース』で眠っている元の意識と入れ替えるだけだ。帰る肉体を失った『アップデーター』たちは、時間が経てば消えてしまうはずだ。……可哀想だけどね」


「うまく行くでしょうか」


「行かなきゃ、この街はおしまいだ。……さて、それじゃあ潜入の計画を説明しよう」


 五瀬さんはそういうと、タブレットをを取り出した。タブレットの画面上には、コージさんの工場より少し大きなビルが映し出されていた。


「風見坂の『ヴィラウィンダム』。この建物の最上階にある『FMフロンティア』がまるごと奴らのアジトになっている」 


「どうやって侵入するんです?武器も限られているのに」


「何も正面玄関から受付を通っていく必要はない。独自のルートがあるんだ」


「……というと?」


「このビルは地下に飲食店街があって、食事をしに来るお客さんのためにビルの入り口とは別に外から直接、地下に繋がっている入り口があるんだ。そこから入って最上階まで続いているエレベーターに乗る」


「そんなに簡単に行くんですか?だったらみんなノーチェックでラジオ局に入れますよ」


「もちろん、最上階まで続くエレベーターは職員専用で、セキュリティがある。だから偽造IDを用意する必要があるんだけど、こしらえるのに二、三日かかる」


「そんな呑気なこと言ってたら、ボスの放送が終わっちゃいますよ。……僕ら、一日で偽造IDを作れる人を知ってます。その人に頼んでみましょう」


「えっ」


「ようするに、エレベーターに乗れさえすればいいんですよね?」


 僕と杏沙は顔を見あわせ「決まりだね」と笑いあった。

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