第82話 最後から二番目の裏切り者
「教授、私がわかりますか?」
四家さんが顔を覗きこんで尋ねると、五瀬さんは掠れ声で「ああ、わかるよ」と言った。
「四家君……君が助けてくれたのかい?」
「はい。……それと、勇敢な中学生の子たちが」
四家さんの言葉で僕らの方を見た五瀬さんは、「君たち……」と目を丸くして呟いた。
「そうか、アンドロイド・ボディを手に入れたんだな。うん、思ったより自然な出来だ」
五瀬さんは僕らを見て微笑むと、ゆっくりと体を起こした。
「危険な目に遭わせてしまい、すまない。まさか奴らに『侵入』されるとは思わなかった」
五瀬さんはそう言うと、床の上にぐったりと伸びている二人組を見た。
「五瀬さん、父はどこにいるんですか?」
杏沙が問うと、五瀬さんは眉を寄せて「ここにはいない」と答えた。
「いないって……じゃあどこにいるんですか?」
「以前はいたようだが、奴らがボスのいる最終基地に連れて行ってしまったらしい」
「最終基地……それってどこなんですか」
「後で話す。それよりこいつらが目を覚まさないうちに、早くこの場所を離れた方がいい」
「ちょっと待ってください、ここで眠っている街の人たちはどうするんです?せっかくみんなの居場所を突き止めたのに、見捨てて行くんですか」
僕が思わず問い詰めると、五瀬さんは「見捨てるわけじゃない」と首を振った。
「最終基地に行って七森博士を救出し、奴らのボスを倒さなければここの人たちを助けだすことはできないんだ」
「そんな……」
「いいかい、奴らの『アップデート計画』は最終段階に入っているんだ。あと数日のうちにこの街の人たちの『アップデート』が完了する。そうなったら人類はおしまいなんだ」
「でも、博士なしでどうやって奴らのボスを倒すんです?……何か方法があるんですか?」
「ないこともない。実は、奴らに『侵入』されている間、こっそり奴らの生態に関する情報を読み取っていたんだ。その中には弱点らしきものも含まれていた」
「弱点……」
「ああ。だから眠っている街の人たちには申し訳ないが、僕らはいったんここを離れて最終決戦の計画を練ろう。奪われた身体を取り返し、すべてを元通りにするのはその後だ」
五瀬さんがそう言って立ちあがった時だった。エレベーターが動く音がフロアに響き渡った。僕らは顔を見あわせると、うなずきあって元来た方へ引き返し始めた。
「……エレベーターのところに誰かいるぞ」
ふいに五瀬さんが足を止め、そう呟いた。見ると暗がりの中に、確かに人影が見えた。
「……まさかここに来ているとは思わなかったよ。真咲君」
――僕を知っている?……しかもこの声は!
僕は身を乗り出し、目を凝らして暗がりの奥を見た。すると細身の人影がゆっくりとフロアの奥から姿を現した。
「……まさか、そんな」
「もう少しで『彼ら』の計画が完了するんだ。……これ以上の抵抗は無駄だと思わないか」
聞きなれた口調で僕にそう言ったのは、目を赤く光らせた五十嵐先生だった。
「先生!……畜生、先生まで『アップデーター』に乗っ取られてしまったのか!」
「真咲君、君ももう大人になっていいころだ。愚かなことばかり繰り返している僕らは、そろそろより賢い知性にこの星をゆだねるべきだと思わないか?」
「思いません!人の身体を奪うような奴に降参するなんて、まっぴらです」
僕が強い口調で言うと、五十嵐先生は「そうか」と言って銃のような武器を取り出した。
「僕はこの団地で生まれ育ったんだ……みんなが助け合えば、この街はどんどんよくなるだろうと思いながらね。……でも二十年たって団地はなくなり、子供たちもいなくなった」
「それは……時間が経ったら、色々な物が変わるのは仕方ないじゃないですか」
「そうかもしれない。……でも僕は心の中でいつも期待していたんだ。いつかどこかから凄い力を持った人たちがやってきて、僕らの未来を変えてくれるはずだと」
「それが『アップデーター』だというんですか」
僕が問いかけると五十嵐先生は無言でうなずき、僕の方に銃を向けた。くそっ、奴らのボスまであと少しのところだったのに、ここまでか……
僕が無念のあまり歯ぎしりをした、その時だった。
「――真咲君、しゃがんで!」
背後から四家さんの声がして、僕は反射的にその場にしゃがみこんだ。すると「うっ」という先生の呻き声が聞こえ、武器が床に落ちる音がした。……そうか、ゴーグルか!
僕は立ちあがると五十嵐先生の方に駆けだした。先生が僕に気づいた瞬間、僕は武器を拾おうとした先生の手に『ショックワーム』を放った。
「ぐああっ」
五十嵐先生は叫び声を上げると、その場に崩れた。僕は動揺し、先生の元に駆け寄った。
「先生!」
先生は集まった僕らの顔を見上げると、力のない声で「やっぱり……こういうことになるんだな」と言った。
「『奴ら』は今のショックで眠ってしまったよ、真咲。『奴ら』が目を覚まさないうちにここを出た方がいい」
「先生は、どうするんですか」
「僕のことは心配しなくていい。ここは僕が生まれた建物だ。しばらくいさせて欲しい」
先生はそう言うと、力を使い果たしたようにがくりとうなだれた。僕らは先生の身体を壁にもたれさせると、エレベーターに乗り込んだ。
「五瀬さん……ぼくはやっぱり『アップデーター』たちを許すことができません。……五十嵐先生まで操るなんて」
地上に戻りながら僕がそう呟くと、五瀬さんは「とにかく、上に戻ったらひと休みして、最終基地に乗り込む準備を整えよう。すべてはそれからだ」と言った。
エレベーターを降り、団地を出ると外は地下での出来事が嘘のように静まり返っていた。
「街の人たち……私たちが失敗したら、永久に身体を失ったままここで眠り続けるのね」
「そんなこと、させるもんか。何とか七森博士を助け出し、みんなの身体を取り戻すんだ」
僕は杏沙に力づよく言うと、月明かりの下で墓のように黒く見える建物を振り返った。
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