第81話 裏切る心と裏切らない身体
「――教授!……やはり奴らに乗っ取られてしまったんですね」
四家さんが叫ぶと、五瀬さんは首を振って「それは正確ではないね」と言った。
「『僕』の意識は元の持ち主を奥底に沈めた上で、上から注入したものだ。表面上は『僕』だが、この身体には二つの意識があるのだ。乗っ取ったという言葉は正しくない」
「同じことだわ。五瀬教授の意思を無視して身体に侵入し、自由を奪ったんですもの」
「何とでも言いたまえ。君もすぐ同じ状態になるのだ」
五瀬さんは薄笑いを浮かべると、ぞっとするような声で「やれ」と言った。僕らが警戒して後ずさると、五瀬さんの傍で控えていた『アップデーター』たちが例の花の形をした装置を準備するのが見えた。
「私の身体を乗っ取るつもりなのね。……教授、そろそろ起きられたほうがいいですよ」
四家さんはそう言い放つと『アップデーター』用のゴーグルをつけ、スイッチを入れた。
「……ううっ」
ゴーグルが点滅を始めた途端、『アップデーター』たちが装置を離し、床に転がった。
「申し訳ないけど、すぐには復活できないよう出力を最大にさせていただくわ」
四家さんがそう言った途端、胸の悪くなるような音がして『アップデーター』たちがぐったりと動かなくなった。
「なかなかやるじゃないか。さすがは『僕』の助手だ」
五瀬さんはゴーグルの光にも一向にひるまず、笑みを浮かべたまま『ショックワーム』の倍はある『金属蛇』を取り出した。……まずい、この距離じゃ向こうが有利だ。
「あなたには効かないのね、教授」
四家さんは力のない声で言うと、ゴーグルを外した。
「そういうことだ。抵抗しても無駄だということがわかっていただけたかな」
「よくわかったわ。……じゃあ、これはどう?」
四家さんはいきなり小さなスプレー容器を取りだすと、中身を五瀬さんに噴きつけた。
「――うっ?」
五瀬さんは霧を浴びた瞬間、ぐらぐらと体を揺らし始めた。
「おかしい、身体が言うことを……」
五瀬さんは回らない舌でそういうと、そのまま膝から床に崩れていった。
「いったい、何を噴きつけたんです?」
僕が尋ねると。四家さんはほっとしたように「ただのアルコールよ」と言った。
「五瀬教授はアルコールに極端に弱くて、匂いを嗅いだだけで倒れちゃうの。どうやら意識は『アップデーター』でも、身体の方が反応しちゃったみたいね」
科学者なのにアルコールが駄目だったのか。僕は驚きと共に倒れている五瀬さんを見た。
「――さあ、今のうちに教授の身体から『アップデーター』を吸いだしてしまいましょう」
「吸いだす?」
「ちょうどそこに装置があるでしょ。敵が私たちに使う時と同じようにやればいいのよ」
「使い方、わかるんですか?」
僕が尋ねると、四家さんは「見よう見まねでも何とかなるわ」と言ってチューリップ型の装置を倒れている五瀬さんの傍に移動した。
「教授、失礼します」
四家さんは五瀬さんに語り掛けると、『花』の部分をすっぽりと頭にかぶせた。四家さんが装置のあちこちをまさぐっていると、やがてぶうんという音がして装置が動き始めた。
「見て、『吸い出し』が始まったわ」
「う……う」
五瀬さんの身体がびくんと動き、呻き声と共に『花』とチューブで繋がれている球体の表面に奇妙な影が現れ始めた。
「これが『アップデーター』の本来の姿よ」
球体の表面にうっすらと浮かびあがったのは、複雑に絡み合った植物の根か、さもなくば人間の脳神経を思わせる異様な物体だった。
「これが『アップデーター』……」
僕が思わずつぶやいた瞬間、もがくように揺らめいていた物体の姿がふっと消え失せた。
「教授……私がわかりますか、教授!」
四家さんは五瀬さんの頭から『花』を取り外すと、懸命に呼びかけた。僕は急に不安になった。もし、吸いだしに失敗して、五瀬さんの意識も一緒に身体の外に出てしまったら?
空っぽになった身体は一体、どうなるのだろう。そんな恐ろしい思いにとらわれていると、五瀬さんが「う……」という呻き声を漏らして、閉じていた両眼をうっすらと開いた。
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