第80話 禁断の場所にたどり着いた僕ら


「どう?乗り越えられそう?」


「簡単よ。……先に行っていい?」


 びびって腰が引けている僕を尻目に、杏沙と四家さんの女性コンビは軽やかな身のこなしでフェンスをよじ登ると、あっという間に敷地の内側に降り立っていた。


 僕がおっかなびっくりで後に続くと杏沙が「うまいじゃない。時間はかかったけど」と、荒い息を吐いている僕に笑いながら言った。


「さあ、ここからが本番よ。『収容ベース』は多分あの団地の地下にあると思うわ」


 四家さんはそう言うと、月明かりの下で黒いシルエットを見せている建物を指さした。


 僕らは昼間とはうって変わって晴れた星空の下を、敵の本拠地目指してそろそろと進んでいった。郵便受けの前までたどり着くと、四家さんが「先に入って中を探ってくるわ。あなたたちはここで待ってて」と言い置いて暗い通路の奥へ姿を消した。


「なんだかはりきってるね、四家さん。実は楽しんでるんじゃないの」


 僕がふざけ半分に言うと、杏沙が「当たり前でしょ。廃墟の探索なんて普通の生活してたらなかなかできないわ」と平然と言い放った。


「――おまたせ、地下への入り口っぽい部屋を見つけたわ。行きましょ」


 僕らが呑気な会話を交わしていると、暗がりから四家さんが姿を現した。ひんやりした空気の中を進んで行くと、四家さんがふいに「ここよ」と言って懐中電灯の光をすぐ脇の扉に向けた。


「電源室……」


「おそらくこの中に、地下に降りる階段かエレベーターがあるはず。今、扉を開けるわね」


 四家さんはドライバーに似た器具を鍵穴に入れ、なにやら鍵と格闘を始めた。


「開いたわ。電源室の鍵だから難しいかと思ったら、一般住居の扉より単純だったみたい」


 得意げな顔で言う四家さんを見て僕は「こりゃあ『正直トミ―』も顔負けだ」と思った。


 電源室に足を踏み入れた僕らは、真っ暗な中を一列になって奥へと進んでいった。


「ここって、敵はいないんでしょうか」


 杏沙が疑問を口にすると、四家さんは「いるとしたら地下の方だと思うわ」と返した。


 狭い空間をあちこち曲がりながらさらに進んで行くと、突然、四家さんが脚を止めた。


「ねえ見てこの部分。……どこかで見た覚え、ない?」


 四家さんが懐中電灯でぐるりと照らしたのは、二メートル四方ほどのコンクリートの床と、そこから作業テーブルのようにつき出ている何かの操作盤だった。


「……五瀬さんの工房」


「これがもし、電源の制御盤に見せかけたエレベーターだったら、電源を入れればそのまままっすぐ地下に移動できるんじゃないかしら」


 四家さんはそう言うと、パネルの操作を始めた。やがてぶうんという音がして、ランプのいくつかに光がともった。


「二人とも、私の傍に来て。……作動ボタンっぽい奴を押してみるわ」


 僕らが身体をくっつけると、四家さんは「行くわよ」と言ってボタンを押した。するとどこかでモーターの動き出す音が聞こえ、僕らの足元がゆっくりと沈み始めた。


「――やったあ、ビンゴ!」


 僕らの乗った床はどんどん沈んで行き、やがて周囲が一瞬、暗くなったかと思うと次の瞬間、広く明るい空間が目の前に現れた。それは五瀬さんの工房とは比べ物にならないほど広大で不気味な場所だった。


「ここだわ。街の人たちから抜き取った意識を保管している『収容ベース』は!」


 四家さんがそう言って目で示した先には、コインロッカーのように上下左右にびっしりと配置された金属の容器があった。


「何千人なんてものじゃないわ。もう奴らの計画は、最終段階まで来ているのよ」


「父はどこにいるんでしょうか」


 杏沙が上ずった声で聞くと、四家さんは「おそらく、このフロアと隣接する部屋のどこかにいるはずよ。……そう、五瀬教授もね」と答えた。


 僕らはフロアの奥に進むと、二人が捕えられている場所を探し始めた。


「おかしいわね、人間を寝かせるための場所がないわ」


 四家さんがそう言って首をひねった、その時だった。


「よくここがわかったね」


 突然、背後で聞き覚えのある声が響いた。はっとして振り返った僕の目に飛び込んできたのは、信じがたい光景だった。


「しかし残念ながら、君たちの冒険もここが終点だ。悪く思わないでくれたまえ」


 僕らの前に立っていたのは瞳を赤く光らせ、研究所に来た『アップデーター』を従えた五瀬さんだった。


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