第79話 僕と彼女とふたたび雨の女神


 ぱらぱらという雨音ではっと目を開けた僕は、よく回らない頭で「ここは?」と呟いた。


「気がついた?……よかった、二人ともこのまま消えちゃうんじゃないかと思ったわ」

 

――生きてる?


 僕は思わず周りを見回した。僕がいる場所は車の後部席で、ルームミラーの中には驚いたことに四家さんの顔があった。


「四家さん……」


「長い間、放っておいてごめんなさい。あなたたちもこの場所にたどり着いていたのね」


 そうか、四家さんが偶然、僕らを見つけて助けてくれたのか。四家さんの顔をぼんやり眺めているうちに、僕は大事なことに気づいた。


「――そうだ、七森は?」


「ちゃんと隣にいるわよ。あなたたちを離しておくわけ、ないじゃない」


 はっとして隣を見ると、杏沙が目を閉じてシートにもたれかかっているのが見えた。


「よかった。……でも四家さん、僕らエネルギー切れで消えかけていたんですよね?どうやって助かったんですか?」


 僕が尋ねると、四家さんは「こういう言い方は何だけど、無我夢中で色々やったらたまたま、うまくいったの」とばつの悪そうな笑みを浮かべた。


「正直、あなたたちの不具合がどういう物か、見ただけではわからなかったの。それで失礼だとは思ったけど、頭を開けてドローンのずれを直したり、あなたたちを頭に戻して車のバッテリーを繋いでみたりしたの。そしたら二人そろって寝息を立てはじめて、どうにか安心できたってわけ」


「そうだったんですか……二人とも『ジェル』に戻った時はもうだめかと思いました」


 僕がやっと人間らしく深呼吸をして見せると、四家さんは「ごめんなさいね、こっちもいろいろと立て込んでて」と言った。


「五瀬さんを探して家を出たまではよかったんだけど、街の人たちが予想以上に敵と入れ替わっていることがわかって、うかつに行動できなくなっちゃたの。それでとりあえずあなたたちが見つけた『フィニィ』に行ってみたんだけど、どういうわけか『CLOSE』の札が下がってて、誰も出てこなかったの」


「そうか、僕たちと四家さん、すれ違いだったんだな」


「それで仕方なく『アップデーター』のふりをしながら情報を集めていたんだけど、ここを突き止めた時点で悩んでしまって……私一人で五瀬さんや七森博士を救いに行けばいいのか、それとも先にあなたたちを探した方がいいのか、わからなくなってしまったの」


「実は僕ら、団地の入り口まで行ってみたんです。……でもバリケードがあって入れそうもなかったので、反対側に回ろうとしていたところだったんです」


「そのバリケードなら、私も見たわ。私も裏側に回ろうと思って移動してたら、あなたたちが倒れてて……」


「お蔭で助かったってわけですね。……これからどうします?」


「いったん、夜になるまで待ちましょう。『収容ベース』に敵の見張りがいたとしても、夜なら五瀬教授の家で見たように『更新』に入る可能性があるわ」


「わかりました。……でも公営住宅側に回ったとして、どこから敷地に入るんです?」


 僕が最大の疑問を口にすると、四家さんは「あら」と意外そうな表情になった。


「フェンスをよじ登って入ればいいのよ。学生時代はよく、夜の校舎に忍び込んだわ」


 やれやれ、杏沙と同じ発想か。僕はミラーの中の笑顔を見ながら、肩をすくめた。

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