第85話 不本意な姿で決戦に臨む僕ら
「ここですね、地下飲食店街への入り口は」
道路わきに設けられたアーチ形の入り口は、獲物を待ち構えている生物の口を思わせた。
「最上階に着くまでは、警戒する必要はないと思う、むしろ必要以上に硬くなって怪しまれるより『食事をしに来た普通のアップデーター』を装った方がいい」
そうか、と僕はここから先の状況を思い描き、ごくりと唾を飲みこんだ。このビルの利用者は上から下まで全部『アップデーター』なのだ。
「それじゃ、行こうか」
五瀬さんはそう言うと、『ヴィラウィンダム』の地下へと続く階段を降り始めた。
「いい匂いね。人類の危機じゃなかったら、ランチをして行きたいところだわ」
飲食店街に足を踏みいれた四家さんが、冗談めかして言った。
「あの人たち、当たり前だけどみんなお昼を食べに来てるんですね」
僕は店の前で席が開くのを待っている人たちを見ながら言った。まるで人間みたいだ――もし『アップデーター』たちがまるっきり僕らと同化してしまったら、どうなるのだろう。この平和そのものの風景こそが『侵略』ということになるのだろうか。
ふと頭の中に「どちらの味方もできない」という、那智さんの言葉が甦った。人間のような侵略者、侵略者に肩入れする人間。……決戦の前なのに、何かがぐらつきそうだった。
「着いたぞ。これが職員専用エレベーターだ」
五瀬さんがそう言って目で示したのは、通路の奥にある目立たないエレベーターだった。
「ここに認証パネルがある。やはりIDカードを使わないと乗れないようだ」
五瀬さんはそういうと、瞳さんがこしらえたカードをパネルの前にかざした。どきどきしながら反応を待っていると、電子音が鳴ってドアが開いた。
「よかった、開いた。……さすがは偽造の天才だね」
僕らはエレベーターに乗り込むと、荷物を床に降ろした。最上階に着くまでの間に、この中で『変装』を済ませなければならないのだ。
「……ちぇっ、七森はペンギンか。いいな、僕なんて怪獣だぜ」
僕がパジャマ風の着ぐるみに足を入れながらぼやくと、杏沙が「案外、似合うじゃない」と言って笑った。五瀬さんはオオカミ、四家さんはカエルだ。僕らはこれから着ぐるみスタッフを装って、屋上に設けられているイベント会場に潜入するのだ。
全員が頭からすっぽりと着ぐるみを被ったところで、エレベーターの動きが止まった。僕らは一列になって外に出ると、イベントの受付テーブルを探した。フロアには名札をつけたスタッフやスーツ姿の人物が歩きまわっていて、異様な空気が漂っていた。
「あの、着ぐるみスタッフ四名、到着しました」
五瀬さんは『FMフロンティア・スペシャル公開放送』という紙が貼られたテーブルに近づくと、受付の女性に全員分のIDカードを示した。
「どうぞ、あちらの階段室から屋上にお進みください」
女性は僕らのことを特に疑う様子もなく、近くにある金属製の扉を示した。僕らは着ぐるみの頭を軽く下げて受付の前を離れると、階段室へと移動を始めた。
「いよいよ運命の時間だ。ボスを見誤るな」
五瀬さんはいつになく厳しい口調で言うと、階段を上がっていった。僕はポケットの中の水鉄砲を握りしめた。この中には水で薄めた特殊ナトリウム弾が入っているのだ。
五瀬さんが突き当りの扉を開け放つと、まばゆい光が僕らを包みこんだ。僕らは屋上に設けられたラジオ公開放送のイベント会場に、敵のスタッフとして潜りこんだのだった。
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