第77話 人間のような仲間と別れた僕ら


「あなたの処置を担当する△#☓○%です」


 処置室のベッドに寝かされ、手足をベルトで固定された僕に白衣の『アップデーター』が言った。二人の『アップデーター』たちは五瀬さんの家で見たようなチューリップ型の装置を取りだすと、『花』の方を僕の頭にすっぽりとかぶせた。


 ――もうだめだ……ごめん、七森。


 僕は暗闇の中でそう呟くと、せめてもの抵抗としてベッドの上で身体をよじった。


「無駄です、諦めて下さい」


『アップデーター』が感情のこもらない声で言い、僕が観念しかけたその時だった。


 装置越しに扉が開く音が聞こえたかと思うと、うっという呻き声と人の倒れる音がした。


 僕が闇の中で戸惑っていると急に頭から装置が外され、あたりが明るくなった。


「――那智さん!」


 外した装置を手に、僕の前に立っていたのは那智さんだった。


「大丈夫?今、ベルトを外してあげるわ」


 そう言うと那智さんは僕の手足を拘束しているベルトを外し「立てる?」と聞いた。


 僕はまだ麻痺の残っている足で何とかベッドから降りると、那智さんを見返した。


「……どうして助けてくれたんですか?」


「このままじゃ、あなたたちに不利だと思ったからよ。せめて杏沙さんを博士にちゃんと会わせてあげなければ フェアとは言えないわ」


 那智さんはそう言うと、ポケットから小ぶりの『金属蛇』を取り出した。


「これは『ショックワーム』という武器よ。手元のスイッチで相手に衝撃を与えることができるわ」


 那智さんに「持っていきなさい」と手渡され、僕は「ありがとうございます」と言って『ショックワーム』をポケットに収めた。


「ところで、七森は大丈夫なんでしょうか?」


「奥の手術室に、ジャックと入っていったわ。助けに行くなら急いで。人間とはいえ、ジャックはあなどれない人物よ」


 僕は頷くと処置室を飛びだし、そのままフロアを横切って手術室へと向かった。扉を開けて中に飛び込むと、意識がないままベッドの上で体を起こされている杏沙と、片手にメスらしきものを持って杏沙の肩をつかんでいるジャックの姿が見えた。


「杏沙を離せ、ジャック!」


 僕が叫ぶとジャックは薄笑いを浮かべ、「それはできません」と言った。


「この電磁メスはアンドロイドの皮膚でもたやすく切り裂くことができます。人間で言う『脳幹』にあたるケーブルを切断し、『ジェル』と『ボディ』の連携を絶ってしまえば彼女の意識は一生、闇に閉じこめられることになります。それでもいいのですか?」


「……くそっ、卑怯者め」


「何とでもおっしゃってください。ひょっとすると『アップデーター』が、我々人類の肥大したエゴを制御し、自滅から救ってくれるかもしれないのです」


「なに言ってるかわかんないよ!とにかく杏沙を離せ!」


 僕はそう叫ぶとポケットから『ショックワーム』を取り出し、ジャックに向けて放った。


「――うわっ」


 ジャックが衝撃でメスを取り落とした瞬間、僕は床を蹴って頭からジャックに突っ込んでいった。驚くほどきゃしゃなジャックの身体は簡単に吹っ飛び、後ろの壁に激突した。


「――七森!」


 僕はベッドの上に投げ出された杏沙を抱き起こすと、肩をつかんで揺さぶった。


「……真咲君」


 うっすらと目を開けた杏沙は僕に気づくと、か細い声で言った。


「行こう、こんなところにいちゃだめだ」


 僕が杏沙の身体を支えて隣のフロアに戻ると、コージさんと瞳さんがベッドに寝かされていた人たち――和恵さん、藤尾さん、瑞乃さんの三人を助け起こし、具合を尋ねていた。


「真咲君、ジャックは?」


 瞳さんに聞かれ、僕は「目を回しています。今のうちにここから出ましょう」と答えた。


「真咲君、退散するなら、七森博士の居場所を教えてあげるわ」


 いきなりそう切りだし、印のついた地図を差し出したのは那智さんだった。


「那智さん……一緒に博士を助けに行ってはくれないんですか?」


 僕が尋ねると那智さんは目を閉じ、残念そうに首を振った。


「私は何もしなかった……何もせずここであなたとジャック、どちらにチャンスが訪れるか見ていただけ。『人間』と『アップデーター』、二つの心を持つ私はこれ以上、どちらに肩入れすることもできないの」


 那智さんはそう言うと、人間としか思えないような笑顔を見せた。


「わかりました。……七森と博士の元へ行きます」


 僕が地図を受け取ると、那智さんは携帯を取り出し何やら操作を始めた。すると突然、フロアにサイレンが鳴り響き、那智さんの声で「ただ今火災報知機の動作テストを行っています。職員は各部署から動かないでください」というアナウンスが聞こえた。


「これで多分、無事に外まで出られるわ」


「ありがとうございます」


 僕が頭を下げると、コージさんが松葉杖を放り投げ、「ずらかるとなりゃあ、もうこんなものはいらねえな。邪魔なだけだ」と言って脚からギプスを外した。


「どうか無事でいて下さい、那智さん」


「あなたたちもね。幸運を祈ってるわ」


 僕らは秘密の研究室を出ると、故郷を無くした旅人のように無人の通路を進み始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る