第76話 敵と味方の間で引き裂かれる僕ら


「いったいいつ、那智さんの身体を乗っ取った?」


 僕が聞くと、那智さんは「かなり前よ。あなたたちが『フィニィ』に来る前」と言った。


「そんな……じゃあ僕らが初めて会った時、もう那智さんは……いや、最初から僕らの知っている那智さんは『アップデーター』だったの?」


「そういうことになるわね。さっきも言ったように、本来は『那智』の意識を追い出してから侵入すべきところを、私は誤って『那智』の意識を残した状態で侵入してしまった。『人間』の心に触れたことで、私は他の同胞とは違う感覚を知ることになったの」


「違う感覚?」


「私たちは共通の目的に対してすべての個体が一致団結することができる。……でも『人間』は一人一人、別の種かと思うほど違う感性を持っていた。私は『那智』という個人の心に触れることで、『人間』に興味を抱いてしまったの。『那智』がやっていた焼き物を乗っ取った後も続けていたのも、『人間』の気持ちが知りたかったからよ」


「じゃあ、僕らの味方になってくれたのは……」


「やっぱり人間のことが知りたかったから。正直に言うと、我々の最終目的、人間を乗っ取って『アップデート』するということについてさえ、迷うようになってしまったわ」


「それなのに、どうしてここにいるんです?僕らを七森博士に会わせたら、自分たちが追いだされてしまうから?」


 僕が尋ねると、那智さんは「いいえ」と首を横に振った。


「私は七森博士を尊敬していたわ。博士はどうにかして身体を乗っ取らせずに、我々と人類が共存できないかと考えていたの。どうしても駄目なら出て行って貰うしかない、そう言いながら必死で我々が生きるための『身体』を探そうとしていたわ」


 僕は那智さんの告白に、今までの謎が少しづつ解けてゆくのを感じていた。


「僕らをどうするつもりなんですか」


「それは彼が決めてくれるわ」


 那智さんはそう言うと携帯を取り出し「私よ。来て」と誰かに呼びかけた。すると奥の扉が開き、一人の外人男性が姿を現した。


「あなたたちが会いたがっていたジャック・シーゲルよ」


 白衣を着た長身の男子は僕らの前に来ると「はじめまして、ジャック・シーゲルといいます」と流ちょうな日本語で言った。


「あなたがシーゲルさんですか。僕らは乗っ取られた身体を取り戻すために来ました。七森博士の居場所を教えてもらえませんか」


 僕が挨拶もそこそこに用件を伝えるとジャックは首を振り、「それはできない」と言った。


「私には今、やらねばならないことがあります。それには君たちの協力が不可欠なのです」


「協力?」


 僕が不気味な言葉に身を固くした、その時だった。うっという声が同時にいくつも聞こえたかと思うと、コージさんたちが床の上にへたりこんだ。


「なにをしたんだ!」  


「おとなしくしてもらうため、麻痺させただけです。あなたたちお二人は、それぞれ別の部屋でしかるべき処置を受けていただきます」


「処置?処置って何だ?」


「博士のお嬢さんには『コントロールチップ』を装着します。そして意識をロックしたまま眠っている博士に会ってもらうのです」


「博士に?『コントロールチップ』って何だ?」


「頭の中の『ジェル』から体の支配権を奪い、我々が遠隔操作できるようにするチップです。博士は我々の要求を断って娘の意識を逃がし、自分は誰にも侵入されない状態で睡眠に入りました。博士の意識をこじ開け、我々に協力させるには娘の協力が不可欠なのです」


「七森にそんな事をさせる気か。あんた、どっちの味方なんだ」


「どちらでもありません。私は『人間』ですが、博士の元で『アップデーター』を研究しているうちに彼らに興味を持ち、同じ生命としてに深い共感を覚えるようになったのです」


「そんなこと、させないぞ。僕も七森も、自分の身体を奪われたままじゃ終わらない!」


「あなたには那智と同様にご自身の意識を残したまま、同胞の意識を上から注入します。杏沙さんは博士の手引きで脱出できたことが判明していますが、あなたの場合はなぜ意識が脱出できたのかわからない。頭の中に我々の調査員を侵入させて、探らせてもらいます」


 ジャックがそう言った次の瞬間、すぐ傍で杏沙の悲鳴が聞こえた。顔を向けると、二人の職員が杏沙を羽交い絞めにして連れ去ろうとしているのが見えた。


「――やめろ!」


 僕が叫んだ瞬間、何かが手首に巻きついたかと思うと、身体を電流のような衝撃が駆け抜けた。


「それでは、処置室の方に移動するとしましょう。――なに、おとなしくしていればすぐに済みます」


 ジャックの声を聞きながら、僕は引きずられるようにして別の部屋へと運ばれていった。


 ――那智さん、どうして助けてくれないんだ……


 背後で扉が開く音を聞きながら、僕は生まれて初めて絶望という言葉を思い浮かべた。

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