第75話 僕らの世界が崩れ落ちる時


「これが防火扉ですね」


 幸運にも誰にも止められず旧棟に着いた僕らは、行く手を塞ぐ扉を前に一息ついた。


「そのようね。電子ロックを解除するわ」


 瞳さんはそう言うと、IDカードをロックのスリットに通した。やがてピンという電子音が鳴り、ロックのランプが赤から青に変わった。


「開けるわよ」


 瞳さんがゆっくりと扉を引くと、向こう側に通路の続きが現れた。通路の奥には金属製の自動扉があり、やはり電子ロックのような装置がつけられていた。


「これは……」


 病院の一室とは思えない重厚な造りの扉に、瞳さんはひるんだような素振りを見せた。


「とにかくやってみましょう」


 瞳さんが先ほどと同じようにIDカードをスロットに通すと、明らかに拒絶ととれるブザー音が通路に鳴り響いた。


「駄目だわ。ここから先はきっと、特別な許可を持たされた人間しか入れない場所なのね」


「せっかくここまで来たのに……」


 僕らが互いに顔を見あわせ、誰かが名案を口にしないかと期待した瞬間、ピンと音がして電子ロックが外れる気配があった。誰かが内側から開けたのに違いない。


「えっ……どういうこと?」


 瞳さんが戸惑っていると、コージさんが「敵のご招待かな。せっかくだ、入ってみよう」と言った。コージさんが開閉ボタンを押すと、ドアが開いて部屋の内部が目の前に現れた。


「……これは?」


 何かの処置室らしい部屋の中には機械に囲まれたベッドがあり、人が横たわっていた。


「あの人たちは……」


 横たわっている人物の顔を見た杏沙が叫び、次の瞬間、「動くな」という声が響き渡った。


「うっ……」


 どこに潜んでいたのか、気づくと僕らの周囲に複数の病院職員が立っていた。


「ここは立ち入り禁止だ。おまえたちは△%☓○#◇」


 最後の方は『アップデーター』の言葉が混じっていた。やはりここが秘密の部屋だったのか。


「ええと、うっかり迷ってしまいまして……時に、この辺にジャックさんって外人の男性はいませんかね?」


 緊張を和らげるためか、コージさんがあえてとぼけた口調で尋ねた。


「ジャック……?◇##○%☓☓!」


 敵が強い口調で何やら叫び、コージさんの近くにいた敵が身構えた、その直後だった。


「乱暴は止めて」


 ふいに声がして、一人の女性が大型装置の陰から姿を現した。その顔を見た瞬間、僕と杏沙は同時に「まさか」と声を上げていた。


「思ったより早かったわね。……まさか自力でここまでくるとは思わなかったわ」


 部屋で僕らを待ち構えていた女性――那智さんはそう言うと、謎めいた笑みを浮かべた。


「那智さん……どうして」


 僕は何が何だかわけがわからず、那智さんの顔を見つめたままその場に立ち尽くした。


「どうして……そうね、訳を離せば長くなるわ。私が『那智』になった時が全ての始まりだった。なぜか私は『那智』を支配しきれず、むしろ『那智』に共感を覚えてしまったの」


 那智さんは昔を懐かしむような目になると、僕らに奇妙な話を語り始めた。


「私が『那智』になった時?那智さん、ひょっとしてあなたは……」


 杏沙の言葉に、僕ははっとした。那智さんの姿をしていても那智さんじゃない、まさか。


「……あなたたち今、気づいたのね。ここで会った時に、すぐ気づくと思っていたけど」


 僕は足元が崩れてゆくような驚きを覚えた。那智さんが、『アップデーター』だなんて!

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