第74話 偽物の中で偽物を演じる僕ら


『美が丘病院』は、小さな街には贅沢なほど大きな建物だった。


 僕と杏沙は広いロビーに足を踏み入れると、まっすぐ受付へと向かった。


 役割としては僕らが入院中のコージさんをお見舞いに行く役で、前日、ショッピングセンターで活躍したマー坊たちは、何かあった時のために駐車場で待機する役割だった。


「すみません、お見舞いに来たんですが」


 僕らは受付でコージさんの病室を確かめると、エスカレーターで三階へ上がった。小奇麗な廊下を歩きながら僕は、すれ違う職員やパジャマ姿の患者さんが『どちら側』なのかを気にしないではいられなかった。


 もしこのフロア、いや病院全体が『アップデーター』たちに乗っ取られているのなら、ジャックに会えたとしてもショッピングセンター以上に脱出は難しいことになる。


 そんなことを考えながら角を曲がっていると、杏沙がふいに「あっ、ここよ。三○三号室」と言った。


 僕がスライド式のドアを開けて中を恐る恐る覗きこむと、ベッドの上で体を起こしているコージさんと、傍に立っている瞳さんの姿が目に入った。


「よかった、ちゃんと来られたのね」


 白いナース服で僕らを迎えた瞳さんは、別人かと思うほど看護師が板についていた。


「圭子さんによると、ジャックがいる場所はたぶん、旧棟らしいわ」


「旧棟?」


「一年前に新棟が完成して、それまで使われていた建物は全面立ち入り禁止になったの。でも時々、入院患者が間違って入っちゃうことがあるらしくて、私たちも迷ったふりをして潜りこむことにしたの」


「その旧棟の中っていうのはどう言う風になっているんですか」


「連絡通路を通って旧棟に入ると、そのまま長い通路が伸びているらしいの。でも通路の途中が防火扉で遮られていて、なぜか旧棟にはないはずの電子ロックがついているそうよ」


「つまり、そのロックされた扉の向こう側に、秘密の部屋があるってわけですね」


「たぶんね。ロックを解除するのには、これを使う予定よ」


 瞳さんがそう言ってポケットから取り出したのは、自分の物とは別のIDカードだった。


「婦長のIDカードをコピーさせてもらったの。早い話が偽造ね。管理職以上なら、大抵のセキュリティはくぐれると思うわ」


「いつの間に……」


 僕は『正直トミー』の腕にあらためて舌を巻いた。目の前の看護師姿といい。やはり瞳さんはただの若い女性ではない。


「扉の奥は圭子さんもわからないらしいわ。だからあとは私たちの運しだいってわけ」


「さあ、説明が終わったら、さっさと乗り込もうぜ。ぐずぐずしてたらニセ患者がばれちまうからな」


コージさんがそう言ってベッドから床に降りると、瞳さんが「だめよ、ちゃんと松葉杖をつかなきゃ」と釘を刺した。よく見るとコージさんの片脚は、ギプスで固められていた。


「おっと、いけねえ。うっかりこの脚で病院の中を走り回るところだったぜ」


 コージさんはそう言うと、松葉杖を受け取ってよっこらしょと立ち上がった。


「さすが何度も事故ってるだけのことはあるわね。入院患者がさまになってるわ」


 瞳さんがからかうように言うと、「お前だってコスプレが似合ってんじゃねえか」と松葉杖をぐるんと振り回しながら言った。


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