第67話 見知らぬ街で知人と出会う僕ら
「ほらよ、レタスチャーハンとタンメン大盛り。金は取らないから安心して食いな」
でっぷりと太った中華食堂の若大将は、そう言うと僕らのテーブルに料理を置いた。
「……あの、僕らさっき食べてきたばかりなんで」
僕はアンドロイドになってから、すっかり言いなれた断りを口にした。
「なんだと?食べ盛りのくせに遠慮なんかするんじゃないよ」
大将に睨み付けられ、僕が困っていると横から瞳さんが「じゃあ、私が食べるよ。食べたくなったら言うってことでどう?マー坊」
可愛いあだ名で呼ばれ、瞳さんに飛びきりの笑顔を向けられた大将は「しょうがねえな」と言ってカウンター席に腰を下ろした。
「それにしても信じられねえな。インベーダーが町の人間たちと入れ替わってるなんて。言ったのがお前でなきゃ、叩き出してるところだぜ」
マー坊は脂肪のついた足を窮屈そうに組むと、毛むくじゃらの手で顎をさすった。
「うちの親父も別人になっちゃったわ。……こっちの街はどう?何か変化はない?」
「うーん、そう言えば常連さんが日本語じゃないおかしな言葉でひそひそ話をしてたことが何度かあったな。あれがそうなのか」
「それよ。間違いないわ。……ねえ、この子たち美が丘病院に行ってジャックっていう外人さんと会う必要があるんだって。何とか手伝ってあげられないかしら」
瞳さんが身を乗り出して言うと、マー坊はうーんと唸った後「そうだ」と口を開いた。
「あいつらの手を借りたらどうだ?ほら令司の仲間たち。あいつらならインベーダーの話でも驚かないぜ」
「令司たち?」
「私たちの中学の時のクラスメートで大隅令司っていう子がいるんだけど、特撮とかSFの好きな人たちでシェアハウスをしてるの。その人たちなら力になってくれるかもしれないわ」
「どこに住んでらっしゃるんですか?」
「……そうか、駄目だわ。たしか風花町よね?マー坊」
瞳さんがはっとしたように尋ねると、マー坊さんは「いや、今は違う」と返した。
「実は昨日、令司が店に来たんだ。なんでも急に借りてる建物にいられなくなったんで、こっちに一時避難してくるらしい。ここから二町くらい先……『フラワーショップつきかげ』の二階だ」
「よく覚えてますね」
僕が尋ねると、マー坊さんは「実はうちの妹が一階の花屋で働いてるんだよ」と言った。
「決まりね。私はこの辺の不良仲間で、乗っ取られてなさそうな子を集めてみるわ。あなたたちは令司とコンタクトを取って、病院の潜入に協力してくれるよう頼んでみて」
「あいつら結構、気難しいからな。先に妹に声をかけて、間を取りもってくれるよう頼んでみたらいい」
「わかりました。花屋さんの二階ですね」
僕らは中華食堂の前で瞳さんと別れると、二町ほど先だという花屋を目指した。
小さな商店街を杏沙と肩を並べて歩いていると、ふと『僕』と小峰先生の後をつけていた時のことが頭に甦った。あの時は商店街の人間が丸ごと『アップデーター』に乗っ取られていたのだ。
――大丈夫、たかが二町足らずだ。
僕が自分にそう言い聞かせた、その直後だった。少し先のクリーニング店から、見覚えのある人物がふらりと通りに姿を現すのが見えた。
「おい、あの人……」
僕が杏沙に囁くと、杏沙も気づいたらしく「カレー店の『そっくりさん』ね」と言った。
僕らの前を歩いてゆくのは僕らが今朝、声をかけた『正直トミ―らしき人物』だった。
「よく見ると、瞳さんには似てないな」
「だってみんな、『正直トミー』の正体を知らないんでしょ。似てなくて当り前よ」
今さら『そっくりさん』の後をつけてもしょうがない、そう思いかけた時だった。
「えっ……見ろよあそこ。ほら、あの看板」
僕が指さしたのは、『そっくりさん』が入っていった少し先の店だった。店の前に出ている看板には『フラワーショップつきかげ』とあり、店頭の花に女性店員が水をやっていた。
「どうやらあの人の行き先と、私たちの目的地……一緒だったみたいね」
僕らは突然、沸き上がった疑問を持て余しながら、フラワーショップに近づいていった。
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