第68話 侵略者と親睦を深められない僕ら

 

「ごめんください」


 僕が声をかけると、明るい色の髪をポニーテールにした女性が「はい」と振り向いた。


「ええと……僕らSF好きの人たちとネットを通じて交流してるんですけど、ここの二階が集会所だって中華食堂で聞いて……」


「中華食堂?……ああ、兄貴んとこか。そうです、ここの二階を今日から貸すことになりました」


 女性店員は僕らが花を買いに来た客じゃないと知っても、にこにこ顔を崩さなかった。


「私、ここの店員で由利っていいます。何だったら二階にご案内しましょうか?」


「すみません、お願いできますか?」


 杏沙が聞くと由利さんはカウンターの内側に移動し、奥のドアを開けて「こちらへどうぞ、可愛いお客様」と言った。


                 ※


 由利さんに通された八畳ほどの部屋では、大勢の人が輪になって何かを話し合っていた。


「お邪魔します。下のお店に集会に参加したいって子たちが来たから、連れてきました」


 由利さんがすっと身を引くと、十人ほどの参加者の目が一斉に僕らに向けられた。


「あ、あの……ここで楽しそうな集まりがあるって聞いて、それで来ちゃいました」


 我ながら何とも怪しげな説明だと思ったが、まあ中学生ならこんなもんだろう。


「君たちは……ちょっと前にカレー屋さんで僕に話しかけてきた子じゃないか」


 奥にいた男性が目を丸くして僕らを見た。やはりここに来るつもりだったのか。


「なんだ、僕たちの活動に興味があったのなら、そう言ってくれればよかったのに」


 僕は中途半端な笑顔を作りながら「ええ、あの」としどろもどろに言葉を返した。


「僕は大隅令司おおすみれいじ。創作同好会『奇想人きそうじん』のリーダーです。……狭いところだけど、よかったらその辺に座って見学して行ってください」


 由利さんが「ごゆっくり」と言って姿を消し、僕らは「失礼します」と言ってわずかに空いた輪の隙間に並んで収まった。


「えーと、それじゃ何から話そうかな……この間から棚上げになってたウェブ用のリレー小説だけど、メインキャラと初回担当の拓ちゃん、どう?できてる?」


 令司に拓ちゃんと呼ばれたのは、ひょろりと背の高い短髪の青年だった。


「あー、ごめんなさい。主人公が不良に絡まれるか、事故に遭うかの二択でちょっと……」


「そうなんだ。……じゃあいい機会だから、みんなでどっちがいいか決めちゃおうよ」


 令司がリーダーっぽく提案すると、輪のあちこちから囁きが漏れ始めた。これでは侵略者の話を切りだすことなどできそうにない。


「――なあ、この調子だと終わりまで話すタイミングはなさそうだぜ」


「そうね、このグループにお願いするのは諦めた方がいいかも」


 僕らが小声で言葉を交わし合った、その時だった。突然、両隣のメンバーが僕らに向かって何かを囁いた。


「△%☓◇#○」


 僕はたちまちその場に凍り付いた。まさか、こんなところに敵がいるなんて!


「○&◇いつ☓%△どこから?」


 僕が返答をためらっていると、杏沙が「△○ここ☓&初めて」と、片言の『アップデーター語』で応対するのが聞こえた。


 僕は落ち着けと自分に言い聞かせ、あたりの気配をうかがった。確かに室内には僕らにしかわからないような『アップデーター』が出す独自の空気が漂っていた。


 こっそり参加者の目を盗み見ると、目の奥に赤い光がかすかに見える人も何人かいるようだった。


 ――まずい、このままじゃここにいる誰が『人間』で、誰が『アップデーター』なのか全然、わからないぞ。


 僕は焦り始めた。味方になってくれそうな『人間』だけを選んで話しかけるのが理想だが、下手に侵略者の話題など出そうものなら、敵に聞きつけられてここでジ・エンドだ。


 僕が必死で『人間』を見分けようとしていると、突然、女性二人と男性一人が立ち上がり「会長」と言った。


「なんです?」


「この子となんだか波長が合いそうなので、ちょっと一緒に買い出しに行って来てもいいですか?」


 僕はぎょっとした。杏沙を連れ出そうとしているのは、敵に違いない。僕は杏沙に目で「行くな」と告げた。……が、杏沙は立ちあがると「大丈夫」という風にうなずき、眼鏡のスイッチを入れた。


「ああ、いいですね。行ってきてください。お金は後で渡すので領収書を貰って下さい」


 令司が言うと、三人組の『アップデーター』は杏沙と共に部屋の外に姿を消した。


 どうしよう、敵の中で独りぼっちになった僕が途方に暮れていると、いきなりすぐ近くの『アップデーター』が僕に話しかけてきた。


「×△%リーダー◇○?」


 僕はピンときた。またしても僕は『僕』に間違えられたのだ。僕は眼鏡のスイッチを入れると必死で奴らの言葉を思いだし、適当な答えでその場をごまかした。


「○☓似てる%◇言われる#&違う」


 短い言葉を繋げただけだったがどうにか通じたらしく、敵は目を丸くしてふんふんと頷いた。いいぞ、杏沙が戻るまでこれで話を繋ぐことにしよう。


 何度か同じ問いをぶつけられた僕は、そのたびに同じ答えを返した。乗っ取られたばかりでまだよく喋れないと受け取って欲しい、それが僕の狙いだった。


 『アップデーター』と会話しながら僕が探った限りでは、どうやらこの部屋の中で『アップデーター』じゃないのは大隅令司と拓ちゃんと呼ばれる男性、それにリーダーの近くでなにやらノートをとっている女性、この三人らしかった。


 ――なんてこった、十人近くもいる中で『人間』はたったの三人だというのか!


 僕は唖然とした。リーダーはこの事実を知っているのだろうか?もちろん、知っているわけがない。知ったらとても冷静ではいられないだろう。僕は何とかして『人間』の三人に侵略者のことを伝える方法はないものかと必死で頭をひねった。


 やがて、「ただいま」の声と共に外に行っていた仲間と杏沙が姿を現した。僕は再び隣に座った杏沙に「どうだった?」と尋ねた。


「なんだか集会の後、どこかに連れて行きたそうだったから「あちこち行くなと言われている」で押し通しちゃった。……そっちはどう?」


 僕は変わらない杏沙の喋りに心底ほっとすると、「また『僕』に間違われたよ。だから毎回でうんざりしてるってお芝居をした」と言った。


 僕が『人間』が三人しかいない事を告げると、杏沙は一瞬「嘘でしょう」という表情を見せ、それから諦めたように「なんとかその三人だけでも味方につけましょう」と言った。

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