第45話 生まれたての僕らと中身たち


 制御エリアに足を踏みいれた僕らの目に真っ先に飛び込んできたのは、作業エリアで今まさに命を吹き込まれようとしている『僕ら』の姿だった。


「――凄い、まるで本物の『人間』だ」


 夢にまで見た『身体』が目の前にあるという事実に、僕は思わず小躍りした。


「いけない、大事なことを忘れてたわ」


 突然、杏沙が僕の方を向いて言った。僕は杏沙が言わんとしていることにすぐ気づいた。


「服が……ない」


 完成したてのアンドロイドは、下着一つつけていない全裸だった。『僕』と『杏沙』は微妙な角度で別々の方向を向いていたため、僕は『自分』に視線を手中させることにした。


「合体する前に何でもいいから身に着けるものを用意しておかないと、このままじゃ敵より先に警察に捕まっちゃうわ」


 僕らは制御エリアの隅にあるロッカーをあらため、首尾よくシャツと作業服を見つけることに成功した。


「五瀬さんの物だと思うけど、いいよね?」


 珍しく気にするそぶりを見せる杏沙に、僕は「五瀬さんを助けだすためなんだし、遠慮してる場合じゃないよ」と返した。


「幸いズボンは二着あるし、僕はシャツだけで大丈夫だから、作業着は七森が着ろよ」


 僕がそう提案すると、杏沙は「うん、そうする。……ありがとう」としおらしく頷いた。


「……さあ、時間がないわ。早くドローンの準備をしましょう」


 杏沙が冷静な口調で言い、僕らはキャビネットの引き出しを開けて二機のマイクロドローンを取り出した。


 ドローンと衣服を作業エリアに運び終えると、杏沙がアンドロイドを見上げて「このままじゃ乗り込めないわ。どうやったら『頭』が開くのかしら」と言った。


 僕と杏沙が戸惑いながら『自分』の足元に近づいた、その時だった。


 ふいにロボットたちが動きを止め「レプリカボディ『アズサ001』ノ認証ヲ、オコナイマス」という合成音声のアナウンスが響いた。


「認証?どういうことかしら」


「認証者ノ名前ヲ音声入力シテクダサイ」


 アナウンスが途切れたタイミングを見計らって杏沙が「七森杏沙」と名前を口にすると、やがて音声が「照合、完了イタシマシタ。今カラ発着ポートヲ解放シマス」と応じた。


 僕がドキドキしながら『アズサ』の後ろ姿を見つめていると、やがて後頭部がぱかんとふたのように背中側に開き、空っぽの中身があらわになった。


「すごい……でもあの中に一発で『着陸』しなくちゃいけないんだな」


「できるわ。……だって、自分の『身体』だもん」


 杏沙は強い口調で言い放つと、ドローンの方に移動を始めた。僕が杏沙と同じように自分の『身体』に近づくと、やはり「認証をオコナイマス」という音声が響いた。


「真咲新吾」と僕が言うと、杏沙の時と同様に『僕』の頭がぱかんと開いて中身が見えた。


「行くわよ、真咲君。無事に合体を終えて服を着たら、声をかけあいましょう」


 僕は杏沙に「しくじるなよ」と声をかけると、ドローンに乗り込んだ。僕が操縦席のサイズに会わせて身体を小さくしていると、ブーンと言う音がして杏沙のドローンが床から浮きあがるのが見えた。


 ――くそっ、出し抜かれちまった。僕も急がなきゃ。


 やっとのことで身体を収めた僕は操縦かんを握りしめ、作動スイッチを入れた。モーターの振動がジェルの身体を包みこむと、僕はローターを動かすペダルを力強く踏みこんだ。


「――発進!」

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