第46話 巨大な力とひとつになる僕ら


 僕が乗ったドローンはふわりと浮き上がると、あっという間に『僕』の身長を超える高さにまで上昇した。


「あそこに降りるのか……」


 百六十センチ足らずの僕の身体が地上十階建てのビルくらいに見え、ふたが開いた僕の頭は屋上に設けられた小さなヘリポートのようだった。


 僕は操縦かんで推進翼を動かし、ドローンの機体が頭の真上に来るよう調節した。


「機体ガ、ポートノ中心カラズレテイマス。修正シテクダサイ」


 『僕』が感情のない声で僕に告げた。くそっ、調理器みたいなこと言いやがって。


 僕が『身体』から合格のお墨付きを得ようと頭の上で四苦八苦していた、その時だった。


「――ああっ」


 ふいに近くで杏沙の叫び声が聞こえたかと思うと、がちゃんという不吉な音が響いた。


「七森!」


 僕はいったん『自分』の傍を離れると、もう一体のアンドロイドの方へ移動した。杏沙のドローンはポートからはみ出すような形で頭の端に引っかかっていた。どうやら強引に降りようとしてしくじったらしい。


「七森、やりなおすんだ。もう一度飛び上がれ!」


 僕が叫ぶと杏沙のドローンががたがたと動き始め、やがてふらつきながら上昇を始めた。


「焦るな、七森。『身体』がOKを出すまで待つんだ」


 僕がぎりぎりまで近づいて声をかけた、その時だった。


「機体ノ中心ガ、ポートト一致シマシタ。着陸ヲ開始シテクダサイ」


「よし、機体が安定したらエアーを出してローターを畳むんだ」


 僕が練習の時を思いだしながら叫ぶと、ローターの回転が止まって腕が曲がり始めた。


「あとはエアーを少しづつ、弱めるだけだ……いいぞ!」


 半分ほどのサイズになった杏沙の機体はゆっくりと降下し、やがてアンドロイドの頭にすっぽりと収まった。


「操縦者ノ着陸ヲ確認シマシタ。ハッチヲ閉ジマス」


 『杏沙』がそう告げると頭のふたが静かに閉まり、閉じた瞬間、アンドロイドの両目が開いてまばゆく光った。


「――やったあ!……よし、僕も自分と『合体』するぞ!」


 僕は『自分』の頭上に引き返すと、位置の微調整を繰り返した。やがて「機体ノ中心トポートの中心ガ一致シマシタ」と『僕』からOKが出て、僕はエアーのスイッチを入れた。


 やっと『自分」と一つになれる……『アップデーター』と互角に戦うことができるんだ!


 僕がそう確信した、その時だった。突如、操縦かんが固まったようになり、腕をスムーズに折り畳むことができなくなった。

 

 ――故障か?……冗談じゃない、よりによってこんなときに!


 僕は一度弱めたエアーの勢いを慌てて元に戻すと、グリップのボタンを何度も押した。


 ――どうする?一度、地上に戻って調べてみるか?……だめだ、そんな暇はない!


 間に合わないのか……焦る僕の頭に最悪の可能性がよぎった、その直後だった。がしゃんという何かがぶつかるような音が響いたかと思うと、倒れた作業ロボットと共に床に突っ伏している『杏沙』の背中が見えた。


「七森!」


 僕は一瞬、着陸のことを忘れて叫んだ。おそらくうまく歩くことができず、倒れてしまったのだろう。


 どうしよう、このままでは助け起こすこともできない――立て続けに起きたトラブルに僕が困り果てていると、『杏沙』の両手が動き、ぎこちない動作で起き上がろうとしているのが見えた。


 よかった、大丈夫そうだ。そう思った瞬間、それまで動かなかった操縦かんがかくんと内側に倒れ、ローターのついた腕が折り畳まれていった。


 ――よかった、これで着陸できるぞ!


 僕は再びエアーの勢いを緩めると、自分の頭の中へと降りていった。やがて、ずしんという衝撃が全身に伝わり、前後左右に開いた頭のふたがゆっくりと閉まり始めた。

 

 ――凄い、これが新しい『身体』の中か。


 ふたが完全に閉まると、周囲は真っ暗になった。僕がどきどきしながら待っているとどこからか吸盤のような物体が現れ、『ジェル』の身体に吸いついた。


「あ…………」


 吸盤を通して説明のできない何かが身体の中に流れ込み、次の瞬間、僕の目はアンドロイドの目を通して外を見ていた。


「こ……れが……身体か……」


 僕はアンドロイドの口を動かし、言葉を発した。まだ一体化の途中なのか、手足の動かし方がよくわからなかった。僕はかろうじて自由になる眼玉を動かし、工房の中を見た。


「七森……?」


 僕は工房の中に杏沙の姿がないことに気づき、うろたえた。衣服を取りに隣の制御エリアまで歩いていったのだとすれば、あっという間に身体の動かし方を覚えたことになる。


 ――くそっ、七森が戻ってくる前に、なにがなんでも自力で立ちあがって歩かなきゃ。


 感激もそこそこに、僕は手に入れたばかりの『身体』と格闘をし始めた。いくら生まれたてのアンドロイドとはいえ、中身はデリケートな男子中学生なのだから。


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