第44話 眠る侵略者と三人組の盗賊
「七……八……九……出ないわね。きっと『更新』が始まったんだわ」
携帯を手に押し黙っていた四家さんは、そう言うとほっとしたように頬を緩めた。
「もし『アップデーター』が出たらなんて名乗るつもりだったんですか?」
「さあ……「お屋敷の壁を塗り替えませんか?」って、セールスのふりをしたんじゃないかしら」
四家さんは悪戯っぽく笑うと、大きめのリュックをシートの上に置き、口を開けた。
「ちょっと暗くて狭いけど少しの間、我慢してね」
そう言うと四家さんは最初に杏沙を、続いて僕をリュックの中にしまいこんだ。
四家さんの言葉通り、リュックの中は暗くて窮屈だった。僕は息苦しさを紛らわせようと、工房で見たアンドロイドの姿を思い浮かべた。
「――ねえ、いつまでも人の上に乗っかってないで、横に移動してよ。『ジェル』だって頭の上に乗られるのは気分が良くないわ」
僕がミッションのイメージを膨らませていると『下』に詰め込まれていた杏沙が不平をぶつけてきた。そういえば、一緒に『食事』をした時も似たようなことがあったな、と僕は思った。
僕が身体を細くして杏沙の隣に潜りこむと、『脇腹』のあたりに杏沙の『肘』があたる感触があった。どうやらこれ以上、領地を広げるなと言う無言の牽制らしい。
どうして女って奴は、必要以上のスペースを欲しがるんだ?僕はよほど横に広がってやろうかとも思ったが、どういう結果になるかはわかり切っていたので文字通り『小さく』なっていた。やれやれ、『肩身が狭い』ってのはこのことだ。
僕が不公平な住宅事情にも文句ひとつ言わずけなげにイメージトレーニングを続けていると、リュックの生地越しに玄関のチャイムを鳴らす音が聞こえてきた。
やがてドアを開ける音が聞こえ、続いて外の匂いとは明らかに異なる匂い――嗅ぎ慣れたあの『お屋敷』の匂いがじわりと僕らを包みこんだ。
「いよいよね」
杏沙の呟きに、僕は闇の中で頷いた。『ジェル』の身体越しにでも、不思議と杏沙が緊張していることが伝わってくるのだった。
僕らは外の音と四家さんの動きから、どうやらリビングに入ったらしいことを察した。
「――見て。これが奴らの『更新』よ」
四家さんは僕らを床に置いたリュックから取りだすと、両手の上に乗せた。僕らの目の前には、まるで居眠りでもしているかのようにソファーに身体を投げ出している『アップデーター』たちの姿があった。
「残り時間がわからないのが痛いけど、早速『作戦』に取り掛かりましょう」
四家さんはそう言って僕らを再びリュックにしまい込んだ。四家さんはそのまま地下への階段を降りると、研究室に続く通路に僕らとバギーを降ろした。
「ここまでで我慢してね。後でまた会いましょう」
四家さんはそう言うと、五瀬さんが囚われている一階のキッチンへと引き返していった。
「私たちもぐずぐずしてられないわ。行きましょう」
僕らはバギーに乗り込むと、地下研究室へと移動を開始した。ドアを開けて研究室に足を踏み入れると、ラッキーなことに装置類が静かな音を立てて動き続けていた。
「この部屋で、リフトがどこにあるか調べて行きましょう」
杏沙はそう言うと、机の一つによじ登ってモニターの映像を操作し始めた。
後に続いた僕が同じ画面を覗きこむと突然、杏沙が「あったわ。たぶんこれよ」と分割された映像の一つを示した。映し出されていたのは床の一部で、操作盤のような突起とそれをを囲む四角い切れ込みとが見えた。
「これさえわかれば十分だわ。すぐに工房へ行きましょう」
僕らは机から降りて工房に続くドアを開けると、再びバギーに乗って移動を始めた。
工房の入り口にたどり着き、バギーを降りて扉を開けようとした、その時だった。
ふいにバギーの上に置いた携帯が鳴り、杏沙が飛びついて画面をタップした。
「もしもし、四家です。五瀬さんを見つけたわ。……でも、意識が戻らないの」
「本当ですか?……私たちは今、工房に着いたところでまだ『身体』は手に入れていないんです。だから……五瀬さんの身体を一緒に運ぶのは多分、無理です」
杏沙が苦しそうに現状を報告すると、四家さんは「たぶん、そうだと思った」と返した。
「五瀬さんは何とか私が運んでみるわ。あなたたちは少しでも早く『身体』を手に入れて」
僕らは「すみません、五瀬さんをお願いします」と言って通話を終えると、扉を開けて工房の中に足を踏みいれた。
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