第43話 偽の自分を盗みに行く本物の僕ら
「『アップデーター』を出し抜く?そんなことができるんですか」
研究所の画像を見ながら四家さんが口にしたのは、予想もしない言葉だった。
「実際にやってみたわけじゃないけど、できると思うわ」
僕らは車の窓から見える研究所の門と、タブレット上の見取り図とを交互に眺めながら、四家さんの次の言葉を固唾を飲んで待った。
「『アップデーター』たちは一日一回、どこかにある本拠地とデータのやりとりをするんだけど、データを更新している一時間ほどは、脳の身体を動かす部分が機能しなくなるの」
「人間で言えば、睡眠中ってわけか」
「そうね。更新の時間帯はだいたい、夜の十時ごろだったと思うわ」
「そのタイミングを狙って五瀬さんを救いだす……そういう計画ですね?」
「大まかに言うとそうね。奴らが動けなくなったところを見計らって、私があなたたちとバギーの入ったリュックを背負って建物に入るわ」
「僕らも行くってことは、アンドロイドの身体も同時に手に入れるってことですか?」
「そうよ。一度でやらなければ意味がないわ」
「一時間でできるかな……どっちを先にするんですか?」
「同時よ。キッチンでわかれて私は五瀬教授の救出、あなたたちは工房へ向かうの。携帯で連絡を取り合って余裕があれば合流して脱出、時間が足りなければ別々に脱出するの」
「もし途中で奴らに気づかれたら?」
「更新を終了直後や、中断直後はまともに動けないはずよ。もし襲ってくるようなら、これを使うわ」
四家さんはそう言うと、眼鏡の上に別のゴーグルを装着した。
「このゴーグルから点滅する光が出て、奴らの脳を一時的に混乱させるの。言ってみれば非常事態用の切り札ってとこかしらね」
「……で、奴らが目ざめなかったとして、工房に入った僕らは自分たちの手で『身体』を手に入れなくちゃならないんですね?」
僕は杏沙がマイクロドローンを操縦した時の危なっかしい動きを思いだした。
「それは仕方ないわ。『ジェル』の身体で完成したアンドロイドとどう合体するかは、私よりあなたたちの方がよほどくわしいでしょ?」
「それはまあ……」
僕は思わず杏沙の方を見た。杏沙は見取り図を見つめたまま「こうなったら自分たちでやるしかないわ」と言った。
「決まりね。もし時間に余裕がなかったら、あなたたちは工房から直接、建物の外に出て」
「工房から直接?そんな出口、教わってませんよ」
「たしかあそこには、廃棄物を地上に運ぶためのリフトがあるはずよ。上に乗って作動ボタンを押せば、あとは天井が開いて自動的に上までは込んでくれるはず」
「じゃあ、みんなでそいつに乗れば建物の中を通らなくても脱出できますね」
僕が興奮しながら言うと、四家さんは険しい表情になり「五瀬教授の意識が戻ってくれたらね」と返した。確かに五瀬さんの意識が戻らなければ、脱出の難しさは倍になる。
「それに、私たちが無事にアンドロイドに乗れるという保証もないわ。失敗したらまともに動けるのは四家さんだけってことになる」
杏沙が最悪のケースを口にすると、四家さんの表情がさらに曇った。
「最悪なことばかり想像してても仕方ないわ。五瀬さんの意識は戻る、あなたたちは無事に『身体』を手に入れる……そういうことにしましょう」
四家さんの言葉には重みがあった。確かに今からあれこれ悩んでみたってしょうがない。
「予期せぬ事態になったら、その時にどうするか考えればいいのよ。とりあえず、潜入は明日の午後十時。……いいわね?」
僕と杏沙は「はい」と口を揃えた。考えようによってはやっと、欲しかった『身体』が手に入るのだ。どんなことをしてでも成功させてやる、そう思わずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます