第40話 奴らに聞かれぬよう脱出せよ
「むっ……なんだ?」
『アップデーター』の一人が突然、鳴りだした携帯に動揺したのか身体をびくんと震わせた。同時に両手で固定していた金属の『つぼみ』も左右にぶれ、『球根』の中の五瀬さんの顔が絵の具が滲むように一瞬、ぼやけた。
「なにをやっている。吸い出しにむらがあると人格が崩れてしまいかねないぞ」
『球根』を押さえていた『アップデーター』が叱るような口調で言い、管を『球根』から外した。すると『球根』の中の五瀬さんの顔がゆらぎ、溶けるように消えてなくなった。
「今日はもう駄目だ。少し間を開けてもう一度、最初からやり直さねばうまくいかない」
「この『身体』はどうする」
「家のどこかに隠しておこう。手伝え」
『アップデーター』たちは金属のチューリップを再び鞄の中にしまうと、五瀬さんの身体をどこかに運び出し始めた。しばらくすると、モーターの動く音が床板を通して僕らのいる戸棚の中に伝わってきた。
「あれは……キッチンの貯蔵庫がせり出してくるときの音だ」
「貯蔵庫の中に五瀬さんの『身体』を隠すつもりなのね。……とにかくいったん、外に出ましょう。ぐずぐずしてたらあいつらが戻って来ちゃう。見つかったらゲームオーバーよ」
「うん、わかった。……いや待って、なんか足音みたいなのが聞こえる。戻ってきたのかもしれない」
僕と杏沙が外に出るのをやめて息を殺していると、予想通り『アップデーター』らしき人物の足元がソファーのあたりに見えた。
何をしに戻ってきたんだろう、そう思いながら見ていると突然、『アップデーター』が身を屈めて見覚えのある物体を床の上に置いた。
「あれは……」
『アップデーター』がリビングの床に置いたのは、僕らが貯蔵庫に隠したバギーだった。
「たぶん貯蔵庫に五瀬さんを隠すためのスペースを取ろうとして、邪魔になったんだわ」
「ラッキーだ。あいつがいなくなったらあれで外に出ようぜ」
僕が勢い込んで杏沙に言った、その時だった。キッチンからもう一人の『アップデーター』の声が飛んできた。
「こっちに来て手を貸せ。『身体』がなかなか入らない」
「わかった。いま行く」
『アップデーター』が完全にリビングから姿を消すと、僕らはそっと戸棚の外に出た。
「ついてるわ。キーがつけっぱなしになってる。……真咲君、玄関ホールへ行くドアを開けてくれる?」
バギーの運転席を覗きこんでいた杏沙が、興奮した口調で僕に言った。僕がドアを解放して靴脱ぎの手前で待っていると、やがてエンジンの音と共に杏沙を乗せたバギーが姿を現した。杏沙はバギーを僕の前に停めると、いったんエンジンを切った。
「五瀬さん……逃げるわけじゃないんです。あとで必ず助けにきます」
杏沙がそう言って再びエンジンをかけようとした、その時だった。ふいにリビングの方から『アップデーター』たちが話す声が漏れ聞こえてきた。
「なんだかさっき、妙な音が聞こえなかったか?車のエンジン音のような」
僕らは『アップデーター』たちの会話の内容に、震えあがった。
「まずい、早く外にでないと」
「でもエンジンをかけたら、音を聞かれちゃう。……待って、いい方法があるわ」
「なんだい。エンジンをかけずに外に出る方法でもあるっていうのかい」
「あるわ。……真咲君、玄関のドアをそっと開けて、閉まらないよう何かで押さえて」
杏沙に言われ、僕は玄関のドアを開けると勝手に閉まらないよう植木鉢で押さえた。
「いい感じよ。次はこっちへ来て、私と一緒にバギーの後ろに並んで」
杏沙の不可解な提案に目を白黒させつつ、僕は言われた通りにした。
「ギアをニュートラルに入れて後ろから押せば、少しの距離なら人の力でも動かせるわ」
「本気で押すつもりかい、やれやれ」
僕が隣に並ぶと、杏沙が「行くわよ、せーのっ」と掛け声を口にした。驚いたことに力を入れ始めて間もなく、バギーはゆっくりと前に進み始めた。
「やった、出られるぞ」
「完全に外に出たら、敵に気づかれないようにドアをそっと閉めるのよ」
僕らはバギーが完全にドアの外に出るまで押し続けた。車体が建物から一メートルほど離れたあたりで僕らは押すのをやめ、手分けして玄関のドアを閉めた。
「さあ、早く乗って。取りあえずやつらに見つからない場所まで移動しなくちゃ」
促された僕が助手席に乗り込むと、杏沙はバギーのエンジンをかけた。
――すぐ戻ります、五瀬さん。
僕は振り返り、遠ざかってゆく研究所の建物に向かって小さく叫んだ。
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