第39話 奇妙な花には危険な力がある


 だが、驚いたことに二人組は五瀬さんの制止など聞こえていないかのように、リビングの奥へと移動を始めた。


「聞こえないのか。勝手な真似をすれば撃つ」


 五瀬さんは構わずに行こうとする二人に改めて狙いをつけた。次の瞬間、パンという乾いた音が立て続けに響いたかと思うと、二人組の肩に針のような物がつき立った。


「――しまった、つい指が」


 二人組が崩れるように倒れ、五瀬さんは銃を下げると倒れている二人に近づいた。


「君たち、大丈夫か……なにっ?」


 五瀬さんが針を取ろうと身を屈めた瞬間、二人組が肩から針をぶら下げたまま、ゆらゆらと立ちあがり、くるりとこちらを向いた。


「まさか……」


 五瀬さんは驚きの表情を浮かべて後ずさると、再び銃を構えた。


「待て。それ以上、近づいたらもう一度撃つ」


「どうぞ」


 銃を向けられた『アップデーター』の一人は、そう言って片手を上げた。次の瞬間、袖口から金属製の蛇を思わせる物体が飛びだし、五瀬さんの構えている銃に絡みついた。


銃を捕えた金属蛇は本物の生き物のようにたわみ、五瀬さんの手から銃を奪い取った。


「……ふむ」


 『アップデーター』は奪い取った銃を床に放り投げると、再び銀色の蛇を五瀬さんに向けて放った。


「……うっ?」


 金属蛇が手首に巻きついたと思った瞬間、五瀬さんの身体がびくんと大きく痙攣し、そのまま床に倒れ込んだ。


「――五瀬さん!」


「しっ、静かに。聞かれたらどうするの」


 思わず声を上げた僕を、杏沙が叱り飛ばした。


「でもこのままじゃ……」


「今、ばれたら向こうの思うつぼよ、そうなったら誰も五瀬さんを助けられなくなるわ」


「じゃあどうすればいいんだ」


「わからない。……でも必ずチャンスはあるはずよ」


 僕らがもどかしい思いで見つめる中、『アップデーター』たちは倒れている五瀬さんに歩み寄った。


 『アップデーター』の一人が手にした鞄を床に置き、中から奇妙な物体を取り出した。それは一見したところ巨大な金属製のチューリップとでもいうような物体だった。


 金属のチューリップはつぼみのように見える部分から細長い管が伸びており、その先には球根を思わせる丸い物体があった。


『アップデーター』が倒れている五瀬さんの頭部に『つぼみ』を近づけると、『つぼみ』は本物の花のように開いて五瀬さんの頭をすっぽりと包み込んだ。


「なんなんだ、あれは」


「五瀬さんの人格を吸い取ろうとしているのよ」


「人格を?」


「人格を抜き取られて空っぽになった五瀬さんの身体を、乗っ取る順番を待っている仲間に与えるのよ」


「抜き取られた五瀬さんはどうなる?僕らみたいに『幽霊』になるの?」


「あの管の先を見て。あの丸い物体の中に、人格をコピーするの。コピーした人格は他の犠牲者たちと同じように、秘密の場所に持っていって人工的に眠らせるの」


「そうか、僕らも元々は眠らされていたのが、何かの手違いで外に飛びだしてしまったんだったな」


「そうよ。だから何とかしてあの作業が終わる前に五瀬さんを助けたいんだけど……」


 僕らが戸棚の中から五瀬さんの様子を見続けていると、次第に『球根』の表面が透き通ってゆき、中に五瀬さんの顔らしきものが見え始めた。


「あの中に人格が完全に移ってしまったらおしまいだわ」


 杏沙はそう言うと突然、戸棚の奥から何かを引きずってきた。杏沙が持ってきたのは、五瀬さんが連絡を取るために僕らにくれた携帯だった。


「何をする気?」


「ちょっと驚いてもらうだけ。無駄かもしれないけど……」


 杏沙がそう言って携帯をタップしすると、一呼吸遅れてリビングに音楽が鳴り響いた。

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