第38話 さらばぼくらの愛しき日々

「どうだい、七森。こんなもんで大体、いいんじゃないか?」


 掃除ロボットに乗ってフロア中を動き回っていた僕は、ソファーの上の杏沙に聞いた。


「いいわね、随分と綺麗になったじゃない。そろそろ五瀬さんが一休みしに来る頃だし、お茶の準備でもしましょうか」


 杏沙はそう言うと、ソファーを降りてテーブルの方へと移動を始めた。杏沙は慣れた動作でティーポットにお湯を注ぐと、僕に「真咲君、カップを用意して」と言った。


「ちぇっ、きつい労働は全部、僕まかせかよ」


 僕はひとしきりぼやくと、掃除ロボットから降りて食器棚の方へ向かった。


 僕らがお茶の支度を整え終えると、タイミングよくリビングに五瀬さんが姿を現した。


「やあ、すごいな。なんだか床もきれいに片付いてるし……よし、ご褒美にいい物を見せてあげよう」


 五瀬さんはそう言うと、テーブルの上にタブレットを置いて操作を始めた。


「いったい何です?」


「君たちが待ちに待った『身体』だよ。九割がた、完成したと言っていいかな」


 五瀬さんがタブレットの画面をタップすると、『工房』の風景が映し出された。

 五瀬さんが「これだよ」と言って拡大した画像を見た瞬間、僕らは思わず歓喜の叫びを上げていた。


「本当にできたんだ……」


 小さな作業ロボットに顔をいじられている二体のアンドロイドは、どこから見ても『僕ら』そのものだった。


「もうすぐこの『身体』が僕らの物になるんですね」


「ああ、そうだ。早ければ明日にでも乗り込めると思う」


「夢みたい……これでもう『幽霊』でも『ジェル』でもない、自分に戻れるのね」


 杏沙がうっとりと画面を見つめながら言った、その時だった。ふいに玄関のチャイムが鳴った。


「なんだろう。ここを知っている人間はそう多くはないはずだが」


 五瀬さんは眉をひそめると、インターフォンで「はい、どちら様?」と呼びかけた。


「エネルギー管理局の者です。少々、お話をうかがいたいのですが、よろしいですか?」


「今からですか?……参ったな、少し待ってください」


 五瀬さんはあからさまに戸惑ったような様子を見せると、僕らに「なんだか急な来客のようだ。断りたいがそうもいかないし、悪いがどこかに身を隠してくれないか」と言った。


「わかりました。お客さんが来ている間、出て行かなければいいんですね?」


「すまない。そうしてもらえるか。僕は地下へ行くドアを隠してくる。目をつけられたら厄介だからね」


 僕と杏沙は話しあって、杏沙が部屋として使っている食器戸棚に隠れることに決めた。


 杏沙が『部屋』を片付けるというので戸棚の前で待っていると、数分ほどして「いいわよ」と杏沙が顔を出した。


 一体何をしていたのだろうと首をひねりつつ戸棚を開けた僕は、思わず「うわあ」と声を上げていた。


 杏沙の『部屋』は空き箱でこしらえたベッドがあったり、小さな手鏡が立て掛けられていたりとそれなりに女の子の部屋になっていた。


「……引き戸を少し開けておこう。どんな話をするのか興味がある」


 僕がそう言って戸棚の引き戸をそっと動かすと、戻ってきた五瀬さんがリビングを横切って玄関に向かう姿が見えた。


 しばらくすると杏沙も加わり、僕らは息を殺してリビングの様子をうかがった。

 

 やがて五瀬さんが、二人組の男性を伴ってリビングに戻ってくるのが見えた。二人組は共にスーツ姿で、公務員のような雰囲気を漂わせていた。


 二人組はソファーに腰を落ち着けると、なにやら五瀬さんに質問を浴びせ始めた。五瀬さんは二人の問いに対し首を振り続け、やがてうんざりしたように押し黙った。


「知らないはずはないのですがね」


 食い下がる二人組を、五瀬さんは「知らないものは知らない」と頑としてはねつけた。


「そうですか……どこまで行っても平行線のようですね。こうなったらやむを得ません。強硬手段を取らせてもらいますよ」


「強硬手段?」


 五瀬さんがそう言って険しい表情を見せた、その時だった。二人組が立て続けに眼鏡を外し、ソファーから立ちあがった。


「君たちは……」


 二人組の目が赤く光ったのを見た瞬間、五瀬さんは弾かれたように後ろに飛びのいた。


「……『アップデーター』だな?そうと知ったら協力などするものか。いっておくが、ここにはお前たちが欲しがるような物は何もないぞ」


「それには及びません。勝手に探させて頂きます」


「ここは僕の家だ。お前たちにいいようにされてたまるものか」


 五瀬さんはそう叫ぶと、暖炉の上にある置物を掴んで回転させた。すると壁にかかっていた絵が動き、下から銃らしき物体が現れた。


「その身体はこの町の人間の物だろうから、本当ならこんなものは使いたくない。だが、中身が『敵』ということであれば致し方ない。悪いがしばらくの間、眠ってもらうぞ」


 五瀬さんはそう言い放つと、銃の狙いを二人組の『アップデーター』たちに定めた。



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